日本人の心の故郷(ふるさと)神社「神道」に触れてみませんか (*^_^*)v

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平成29年度 北マリアナ諸島戦歿者慰霊顕彰事業♪

2017 - 03/11 [Sat] - 17:56

今年も行って参りました「テニアン島」♪
毎度、少し長くなりますが備忘録として書かせていただきます。

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長野県神道青年会としての事業を引き継いだ常若肇國会
今年で4年目を迎えますが、これまでは5月の渡航
今年は初めての3月
長野県神青会としても最初だけ3月で、あとは2月
今年、北マリアナの2月は天候不順だとの情報があり
心配なのはお天気、そして健康状態…
娘の保育園でも2月からインフルエンザが蔓延し
一時は学級閉鎖の恐れまで広がったにもかかわらず
無事に当日を迎えることが出来たのは
奇跡に近いものがありました。
【前日】
月曜日から木曜日の事業、月曜朝のフライトですので
何かあってはいけないと、前泊が余儀なくされ
いつもの「成田ビューホテル」に宿泊するため
日曜日の午後、家を出発しますが
日曜日の午後は帰省ラッシュで都内に入るまで大変…
そこで昨年より早めに家を出るよう調整し
今年も12時半には家を出るようにしました。

添乗員のMさんに我が家に来ていただき出発
諏訪湖サービスエリアでK会長とSちゃんと合流
お昼を食べる予定でしたが、食堂が工事中で
中央道原まで足を伸ばし昼食を取りました。
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この日も雲は有ったものの良い天気で富士山がよく見えました。
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早い時間なので、都心も、そうは混んでいないと思いましたが
2月に開通したばかりの圏央道で八王子から埼玉
埼玉から茨城、茨城から千葉へ、と初めてのルートを選択
渋滞こそありませんでしたが、100㎞くらい遠回りですので
時間帯によってといったところでしょうか?
悩ましいところです…

成田ビューホテルで新幹線で来た佐久のIさんと
今回初参加の戸隠神社M宮司さんと合流
そしてそこへスペシャルゲストが…知らない人ですが…
木曽出身でフランス在住の日本人妻とハーフの娘さん
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K会長の昔からの知り合いで、十数年前
サッカーのワールドカップがあった際にフランスの家に
泊めてもらったそうで、今回日本に帰省しお土産をいただき
留守をしていたので電話をすると「もう帰る」ということで
明日は成田、え?俺も成田でビューホテル。私たちもビューホテル!
そんな凄い偶然が重なり、一緒に夕飯をとりました。

こちらも、一昨年前まで毎年来ていた「徳三丸」
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お通しがホタテ
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海鮮が中心ではありますが
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ピザや焼き鳥も美味しかったです♪
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その後10時過ぎには岐阜から参加してくれたS親子が到着
10時半頃には諏訪大社の4人も到着し、就寝しました。
【初日】
朝食をホテルのバイキングで取り
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7時にロビー集合、皆早めに集まったので1本速いバスで空港へ
ご子息さんの部屋に泊まった大町のHさんも合流
両替に保険加入を済ませ、スムーズに出国手続きをして搭乗
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機内食は、相変わらず…
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予定通りにサイパン空港到着
昨年は韓国からの便と重なり混み合う入国手続きに
ESTA(電子渡航認証システム)を取得した方がいいとの反省から
ESTAを申請してありましたが、今年は当便だけで意外と早く
それでも書類が少なく、もしものことを考えると
これからも申請をし続けた方が良いと思いました。
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こちらは、私たちが泊まったフィエスタリゾートホテルから見た
建設中のホテル…なんとも煌びやかというか成金主義的な?
いかにも中国系なホテルでしたが
トランプ大統領の下ビザ問題に揺れるアメリカ
アメリカの自治領であるサイパン、中国人にビザがおりない
なんてことにでもなって工事が頓挫したら大変なことに?
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夕食は「トニー・ローマ」
昨年は同じ店舗にある「カプリ・チョーザ」
量の多さに目を丸くしたものですが
今年は肉も軟らかく美味しくて好評でした♪

夜、K会長の部屋に集合し、明日の慰霊祭の打ち合わせ
習礼(しゅらい)をして、初参加の皆さんを別部屋に移し
簡単なテニアン講座、事前学習をしました。
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K会長の部屋で呑み直し、ガラパンの街へ出て中華
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私はジャージャー麺をいただきました♪
【2日目】
朝食後、8時にロビーに集合しサイパン空港へ
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みんな小さなセスナでしたが、私たちは
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10人乗りのセスナでテニアン空港へ渡りました。
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いつもハラハラドキドキのフライトですが(苦笑
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終わってみれば楽しい一時です♪
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テニアン島で待っていてくれた
「テニアンエクスプレス」の鈴木さんの車に11人
私の運転するレンタカーに私家族とSちゃんが乗り
スーサイドクリフへ移動。
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全員で斎場を整えた頃、岬に近づく黒い雲…
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サイパンは晴れていたのに、テニアン空港は厚い雲に包まれ
スーサイドクリフまでは雨が降ったりやんだりでしたので
これはスコールが来るのかな?と
祭壇などの荷物を運んでくれた現地の方に聞くと「来る」と…
しかししかし風向きが次第に変わり
現地の方も海に向かって帽子を投げ、風向きを確認
OKサインで慰霊祭を齋行
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修祓

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降神、献饌、献水に続いて祝詞奏上
斎主をつとめたHさん、辞別きてで奏上された
敵味方なく全ての御霊を和める祝詞は意味深く
設立当初の私たち当時の神青会員の念いが込められていました。

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碑文朗読も穏やかな風に乗り
諏訪大社M禰宜さんの渋い声が良く通りました。

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諏訪大社巫女さんによる「浦安の舞」

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初めての海外旅行という彼女たちでしたが

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事前勉強もしっかり私の目を見て聞いていてくれましたし

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貴重な経験になったことと思います。

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国歌に続き海ゆかばを奉唱し撤饌、昇神
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写真撮影をして、全員で斎場を手際よく撤収し
ピックアップトラックに荷を納め
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暫しスーサイドクリフで御霊に思いを馳せたのち島内戦跡巡りへ
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世界一綺麗と言われる、ここテニアン島の海
タガビーチを上から見ながら写真撮影
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昨年、営業停止となり廃墟となったダイナスティホテル
その裏手にある原爆の模型を見て、日の出神など車内から見学
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潮吹き海岸と呼ばれるブロー・ホールにつく頃にはスコールが…

やはりいつ降ってもおかしくない気候にあって
風向きが変わり雨が避けていったことは奇跡だったと感じました。
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小雨の降る中、原子爆弾積荷場で少しだけ車を降り見学
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日本軍司令部跡では、日本の建築技術の凄さを間近で感じ
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ハゴイ空軍基地近くにある防空壕では生々しい弾痕を見て
当時の爆撃、戦いの凄まじさを目の当たりにしました。
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アメリカ軍が上陸してきたチュルビーチ
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星の砂と呼ばれる星のような形をした石が採れる海岸
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こんなに綺麗な海岸に
数え切れないほどの船から上陸する米兵が…
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島内観光を終え、一路サイパン空港へ
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この日は、パイロットが2人しかいないとかで
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我々は1時間半待ち…
Hさんは、行きのセスナでは教官が操縦していたのに
その訓練中?のパイロットが教官無しで
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の独り立ちに立ち会われたとか(苦笑
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それでも無事全員揃ってホテルに帰り遅い昼食

しかし遅すぎた昼食で、夕食がバーベキュー
私は、昨年も食べたレストランでしたので
みんなに「少しだけだよ」と告げたつもりでしたが
遅かっただけにお腹のすいていたメンバーは大盛りランチを(汗
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この日はハイアットの横にある東屋?にしては大きな建物の下で
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クマノミアイランドco.,LtdオーナーMさんの取り計らいで
バーベキュー!

食材を10軒以上のお店を回って買ったそうで…
というのも、現地住まいが長いだけに
レタスは子の店、肉はこの店、トマトはこの店
エビはこの店…と、私たち日本人向けに
美味しく新鮮なものを買い集めてくれたらしく
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女性陣も手伝って、サラダにホイル焼きにと調理
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竈では男性陣が火をおこし
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K会長が率先して焼き方に従事していただき
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お腹に火傷を負うまでに尽くしていただきました。
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東屋はビーチに接しており
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しかもその海岸は遠浅で子供たちにはうってつけ
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遠くの方まで歩いて行っている人が見えますでしょうか?

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次第に陽が落ち、東屋に電気が灯ったときには
その昔、初めて我が家に電灯が灯ったくらいの歓声が(大げさ
バーベキューは楽しく美味しかったのですが
直会の挨拶や乾杯、初参加の皆様の声を
聞くことが出来なかったのは反省の一つとなりました。

それでも南国の雰囲気を味わいながらの直会
とても美味しく頂戴致しました。
【3日目】
朝食はいつものレストランで取り
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昨日より少しだけ遅めの8時15分出発で
初のサブマリンツアーに参加

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こちらはパンフレットの写真ですが
昨年は、ちょうど修理中ということで参加出来ず
今年は念願のサブマリンツアー
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バスでテニアン港へ移動
数年前までフェリーでテニアン島へ渡っていましたので
場所は少し違いましたが、懐かしい雰囲気を楽しみ
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船に乗車し、潜水艦の停泊するマニャガハ島近くまで移動
50人を超える乗車でしたが、日本人は我々だけ…
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沖で潜水艦に乗り移り
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暫し海底を散策
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日本の海では考えられないほどの透明度
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珊瑚礁ならではの白い海底
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会場を走る船底
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戦争の名残を伝えるプロペラの残骸
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魚雷を受け大破して沈んだ貨物船
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沈没船に巣作る魚の群れ
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今もなお戦争の爪痕を残す海底でありました。
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サブマリン号をあとにしてサイパン港からホテルに戻り
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ガラパン「ソウル苑」で昼食
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レンタカーを借りてサイパン島内戦跡巡り

レンタカーの受付で小一時間…
つくづく自分の英語力の無さに涙が出ます(苦笑
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初めはバンザイクリフから
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いつ来ても青い空に紺碧の海
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打ち寄せる波の音
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天皇皇后両陛下が佇み手を合わせた場所
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また16年前、現地視察で訪れた際の慰霊祭を思い出します。
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次にラストコマンドポスト
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政府が建立した慰霊碑に
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天皇皇后両陛下の御製が書かれた碑
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スーサイドクリフに移動し
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高いところからも慰霊の誠を捧げ
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今年もバードアイランドへ
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どこへ行っても日本人が皆無なことを残念に思います(涙

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私たちの元気な姿を見せることも慰霊…と捉え
参加者はそれぞれにフリータイム、自由な一日を過ごします。
アメリカンメモリアルパークへ出かけた方
芝刈りに出かけた方に戦跡巡りツアーに参加された方
それぞれに合流し6時半、ロビーで取材!
取材??そう、現地メディアの取材を受けました。
いつか新聞に載せてくれそう~♪
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最終夕食は「大華飯店」
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オーナーは日本の方ということもあってか
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味は日本人向け
今年も美味しく頂戴致しました♪
【最終日】
昨夜、毎年毎晩お世話になっている「ダダラック」が楽しすぎ
朝起きてから、朝食はパスし二度寝、9時からお買い物
会員や当会に協力してくれている方々へのお土産を買い
12時にチェックアウト
全員無事に完了し、昼食は
毎年ここは外せない「カントリーハウス」のステーキ
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これは330gですが、私はもう少し小さい方
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それでもこのボリュームはたまりません。

2時にホテルピックアップ、日本直通便が減ってしまったことは
とても悲しいことではありますが、最終日が午後便だと
とてもゆっくりした感があります。
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昨年も良くしてくれたホテルマンとの別れを惜しみサイパン空港へ

そこで、ちょっとしたハプニングが…
お土産用に買った化粧品
機内へ預ける荷物に入れず手荷物にしたため
出国審査で引っかかり、税関職員に連れられ一人戻され…
とても怖い?淋しい思いをさせてしまいました(涙
結果、没収されることなく、罰金も取られることなく
荷物を入れ替えただけで出国審査を通った訳ではありますが
もう少し丁寧に案内しなければと、事務局として反省です。。。
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飛行機の窓がチンチンに熱いほどに良い天気なサイパン上空
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K会長の住んでいるところは今でも-15度~20度
サイパンは30度、50度の差は現地新聞記者も驚いていました。
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日本上空は夕焼け小焼け…
とても綺麗に、富士山の頭も見ることが出来
無事に全員揃って帰国することが出来ました。

新幹線組は空港から
私たちはホテルに戻って車で信州へ
K会長とSちゃんはもう1泊し、それぞれ帰路につきました。

今年、ビザの問題があり直接の取材はしていただけませんでしたが
始めて現地メディアのインタビューを受けましたことは
新しい経験でしたし、今回参加されたメンバーからは
日本で作った雪だるまを英霊に見せられないか…
といった斬新な意見もあったり、来年はテレビ取材を!
なんていう声も聞かれ、毎年毎年新しい意見を取り入れ
進化してきていることを嬉しく思います。

また来年も計画しますので、ご参加を検討いただければ幸いです。

来年も、今のところ3月を予定しています♪
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テニアンな話し(続き)♪

2016 - 11/06 [Sun] - 06:24

間もなくして、現地から
無償で土地を提供してくれるといった有難い許可が下りました。

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その寸法にあわせ絵を描き

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模型を作るなどして、

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徐々に形が決まってきましたが
大変なのは建立資金をどうするかです。

もともと積立金は少額しかありません…
神社界では東海地区に属する長野県
まずは神道青年東海地区協議会に共催者となっていただくことで
県内はもちろん東海五県の神職さんや神社庁また大きな神社
そして関係業者より寄付していただけるようにと
「趣意書」「企画書」「事業概要書」などを調え
予定図を添えての募財活動が始まりました。

お金が絡んでくると
元からあった外部の反対の声も更に大きくなってきます。

「靖國神社や護國神社があるのに
何で国外へ慰霊碑を建てるんだ?」

「ずっと維持しいくことが出来るのか?」など…

苦言を呈しながら寄付をしていただける方
もちろん苦言だけで寄付していただけない方もいました。

疑問の声や不安の声もある中
応援してくれる方々も数多くいました。

長野県神社庁も後援についていただき
靖國神社からも多額の助成金を戴けることとなり
神社庁また靖國神社公認の事業として着実に慰霊碑建立に向け
会議を繰り返しました。

また、塩尻市の伊藤石材さんからは鳥居を御寄付戴けるといった
有り難いお申し出も戴き
県内外の多くの方々のご理解とご協力により
なんとか目標金額を達成することが出来ました。

そして、いよいよ発注
玉垣に鳥居、台座に御社殿
玉垣・鳥居・台座は石製ですので重く
とても飛行機というわけにはいきませんので船で運び込みます。

御社殿はテニアンの気候を鑑みると
木材製は朽ちてしまう危険性がありますが
あえて木材製を選び、今後朽ちたら新しく…朽ちたら新しく…と
御遷宮に生きる神道の甦りの心を盛り込みました。

また、愛知県神道青年会さんより
岡崎産の御影石で作った狛犬を御奉納戴けるということで

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(現地慰霊施設に建立させていただきました「狛犬」)

更に素晴らしい慰霊施設になるのではと
期待に胸を踊らせていました。

発注したものが完成し
平成15年1月サイパン上陸のための4つの許可
(難しいことはよく分かりませんが)のうち
一番難しかった最後の許可がおり
2月頭にはサイパン、中旬にはテニアンに
石造物が上陸するという知らせがあり
これでなんとか「第1回 北マリアナ諸島戦歿者慰霊顕彰事業」
を行う3月6日に間に合わせることが出来た…

と思ったら・・・

社殿を設置することが出来なくなるような
重大な事件が起こってしまったのです。

と言うのも、ある方より、
今までにない重みのあるお言葉を頂戴したのです。

「スーサイドクリフといったら、
テニアン島の中では1番人目に留まる所。
そこに神道形式のものを建てるのは良いけれども
しっかり維持をしないと、湿気は多いし、台風は多いし
金物は現地の人が盗っていってしまうし…。
現地には中国や韓国の人が多いから
社殿を置くと射撃の的にされてしまうこともある。
管理人を常駐させるなり
相当な覚悟で行ってもらわなければ困る」と。

ある方とは、県外の神主さんで
数十年前より南洋の島々で慰霊活動を行っている方で
当サイパン島・テニアン島でも遺骨収集活動や
「サイパン神社」「テニアン神社」の復興はもとより
政府の要人とも深くお付き合いがある方で
これまで苦言を戴いた方々とは比べものにならない意見
既に各島々で慰霊活動を行っている方からの
生の助言と捉えさせていただき、早速に会いに行き
更なるご助言を素直に聞き入れ
3月の慰霊祭に先立ち再度視察をするべく4人が現地へ飛び
最終確認をし、玉垣と説明板だけを建立して当日に備えました。

慰霊碑建立という話しが持ち上がってから2年弱
という短い期間で、準備不足の面も否めませんが
なんとか慰霊祭を斎行出来るまでに整いました。

たった一回だけの事前視察で
見落としてきたことも沢山有りましたが
有り難いご助言に寄りまして事前に対処することが出来
これからまた調査をする中で
残りの施設(鳥居と狛犬)を建てることにして現地に保管し
社殿は、最近中国人や韓国人が多く訪れるので
壊される可能性が多く、また屋根が銅葺きであり
現地の人に壊され盗られる危険性を多く孕んでいるということで
当面は神籬祭祀(当日御霊をお迎えし祭典)で
慰霊祭を行うこととしました。

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(平成15年3月現在)

慰霊団も、当初計画の100名とまではいきませんでしたが、
県内外より多くの参加者が集まりました。

当日は、始めにテニアン神社で奉告祭を行い

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(テニアン神社での奉告祭)

引き続きスーサイドクリフで慰霊祭を斎行しました。

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(平成15年度 慰霊祭)

2年目には、鳥居と台座
また愛知県神道青年会寄贈の狛犬も設置され
一段と厳かな祭典が出来るようになりました。

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(平成16年2月の現地)
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(平成16年 慰霊祭)

しかしながら、維持していくことは大変です。

月々の維持管理費用も
もともと資金のない神道青年会独自で守り続けていくことが
どこまで出来るかわかりませんが
現在では、神道青年東海地区協議会が
維持費分ほどの助成金を毎年補助して下さっています。

と、我々が現役の頃はなんとか維持していましたが
やはり長野県神道青年会としては維持するのが難しく
そこで、我々神青会のOBが立ち上がり
「常若肇國会(とこわかちょうこくかい)」という会を立ち上げ
長野県神道青年会の後を引き継ぎ
毎年慰霊祭を続けていくことに現在はなっています。

さて話を戻しますが…
外国ですから予期しなかった出来事も起こります。

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北マリアナ諸島は、台風の通り道
ある強い台風で説明碑が倒れ壊れてしまったのです。

また、ある年には、近くにある慰霊施設が
中国人により破壊されたという報道があり
周囲2~30メートル四方の施設が壊された…
という報道でしたので
すぐ現地に電話をしたこともありました。

また、一般の渡航者より、尾が欠けている狛犬の写真を
(WBCの腹いせ…という説をつけて)
送ってもらったこともありました。

それでも私たちは、続けることが出来る限り当施設を守り
ここでの史実を、テニアン島に来る人々に伝えることで
これからの日本を支えて行くべく若者達に
先人への感謝の心を持ち続け
慰霊の誠を捧げてもらいたいと切に願っています。

その島で遊んではいけないということではありません…
碑文にもありますように
「幸せに元気よく今の世を生きている
『あなた』を見守っていて下さいます」のように
この島を訪れて元気よく遊んでいる姿を見せることも慰霊です。

ただ、元気で遊べる「今」があるのは
御先祖様のお陰であることを忘れないように
または時々にでも思い出してもらうきっかけとなり
そして靖國神社、または護國神社、招魂社、招魂碑
仏壇や神棚に手を併せてもらえれば…。

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ここからは、昔の私たちの思いですが
せっかくですので残しておきます…

「実のところをお話ししますと
建立から10年以上経ち
長野県神道青年会にも建立当時の会員が少なくなり
当初の建立理由など知らない人がほとんど
当慰霊施設を維持していくのが大変…という声も多く
今後の在り方を検討している時期でもあります。

しかし、出来る限りは維持し続けていっていただきたい…
毎年の慰霊祭も続けていっていただきたい…
神道青年会員は、やがて定年を迎え卒業していってしまうけれど
神道青年会には必ず新しい会員が入り
新しい組織として存続していく組織であり
私たち個人個人はいずれ死んでいなくなってしまうけれども
未来、将来のことを考えると神道青年会という組織で
当施設を、当慰霊事業を続けていっていただくのが理想
そして、後輩達には同じ気持ちであって欲しいし
同じ気持ちをまだ見ぬ後輩達にも伝えていって欲しい
そう、思っています…広く、全国の同志達にも…。」

こんな思いを抱いていましたが、現在は常若肇國会が
この思いを引き継ぎ、同志を集い
毎年行っています。

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当初は、我々神職やその家族だけではなく
遺族の方々や一般の方々にも参加していただきたいと
計画をしていましたが
日帰りで行けるような場所でもありませんし
それ相当のお金も日数もかかりますので
なかなか慰霊団の参加者も増えませんが
もし皆さんが他の旅行でテニアン島を訪れたら
是非スーサイドクリフへ行っていただきたいと思います。

たまたまテニアンへ観光で渡る方も多くいますが
スーサイドクリフへ行くと
必ず目に留まる場所に施設はありますし
説明板も見ていただけることと思います。

当初、奉告祭を斎行していた「テニアン神社」ですが
15年前とはサイパン・テニアンの諸事情も大きく変わり
サイパン-テニアン間に行き来していたフェリーはなくなり
日本-サイパン便の飛行機もセントレア発着がなくなり…など
時間的な制約もありここ数年斎行されておりませんが
機会があれば是非お参りして下さい。

サイパンへは行ったことがある人が多くいると思いますが

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(今では乗ることの出来ないフェリー)

サイパンからセスナで飛行時間は約10分

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サイパンのマニャガハ島も綺麗ですけれど
是非もう一歩足を伸ばしてテニアン島へ出かけてみて
そして史実に触れてみて下さい。

昔、この場所で何が起きたのか
本当は自分でお調べいただくのが一番ですが
私も経験があるように
それをするのはよほど興味を持ったときしかできません(汗

繰り返しになりますが、日本領であった頃
私たちの先々代の年代の方々が
この地に1万人以上も定住されていました。

戦争でアメリカに占領されることとなり
島の端へ端へと追いやられ
水不足の孤島ですから
真夜中に井戸へ水を飲みに行ったところを
後ろから銃撃されるなどしていましたから
捕まれば何をされるか分からないといった状況の中
捕虜になるくらいなら死んだ方が良い…と判断した島民が
サイパン・テニアンそれぞれの岬から
子供たちの背を押し後を追って自決しました。

「クリフ」というのは「岬」のこと
それぞれの岬から「天皇陛下万歳」を叫びながら飛び降りた
そのことから名付けられている「バンザイクリフ」
また「スーサイド(自決)クリフ」といった名前なのです。

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くどいようですが、それはそれは美しい岬
紺碧の海と青い空そして白い波しぶき
その景色を見て昔そんなことがあったなんて
誰が想像できるでしょうか?

今の平和な日本、そしてテニアンがあるのも
そこで戦いその時を生きた
先人の皆様のご苦労ご尽力の賜物なのです。

テニアンだけでなく、グアムや硫黄島、中国やアジアの国々
日本本土ももちろん沖縄でも
その時を生きた
我々の御先祖様がいて今があるのです。

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テニアンは遠くて行くことが出来ないかも知れませんが
靖國神社、各県護國神社や各郡市部招魂社
その近くをお通りになられましたら
このお話しを思い出していただき
ちょっと足を伸ばして寄っていただき
お参りしていただければ幸いに存じます。

戦争でお亡くなりになられた皆様の御霊安かれと
心よりお祈り申し上げます。。。

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来年度の慰霊旅行は…
平成29年3月6日(月曜日)~9日(木曜日)
毎年行われていますので、一緒に行っていただける方は
私までご連絡をお願い致します。

駄文にお付き合いいただき、ありがとうございました♪

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テニアンな話し♪

2016 - 11/05 [Sat] - 06:23

毎年行っています、テニアン島の慰霊祭のお話です♪

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「この大空と大海原に馳せる想い
       ~日本からこの地を訪れたすべての人々へ~

あなたの純真な心に純粋に美しく映える
この見渡す限りの大空と大海原が
ひととき悲しみに曇り涙に霞んだ真実を
忘れること無く後世に伝えて欲しいと願います・・・

大東亜戦争当時
日本を遠く離れこの島を含め南洋の多くの島々で戦没された
軍人兵士『英霊』や
運命を共にされた当時の在留邦人の多くは
国家防衛と国民平安の為に尽くされ
祖国の永続と民族の永遠とをひたすらに願い
尊い命を捧げられました

激戦の果てに行き場を失い日本民族の誇りに懸けて
この断崖から紺碧の海に我が子と共に身を投げることなど
我々には想像もし難い事実であります

平和な次代を残す為に
日本人としての生き方を示し遺された先人達に
感謝の心と敬慕の念を以ってお報いする為
慰霊の誠を捧げていただければと存じます

散華された『英霊』と戦没者の御霊は
祖国に帰り靖國神社にお祀りされております
そして幸せに元気よく今の世を生きている
『あなた』を見守っていて下さいます

帰国後は、この島のこの場所であなたが感じた
見渡す限りの大空と大海原の美しさを
靖國に鎮まる御霊にあなたらしく伝えていただければと願います」

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これは、北マリアナ諸島テニアン島に
長野県神道青年会(県内40歳までの神職)が建てた
慰霊施設内の碑に刻んであります碑文です。

あれは平成13年
私が長野県神道青年会の事務局長を務めていた年
当時の会長が「テニアン島に慰霊碑を建てたい」
と言っているといった噂を耳にしました。

周りの反応は「NO!」
恥ずかしながら
当時の私も「テニアン島」という名前すら聞いたことが無く
もちろんそこでの史実も知らず
「なにも遠く離れた外国に慰霊施設を建てなくても」
という思いで、大方の意見と同じでした。

事務局長といえば
会長の命を受け事務を遂行する役目である
と理解はしていましたが
会員の生の声を伝えることも大切であると
会議に先立ち、個室で
率直に反対意見を述べさせていただきました。

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(上空から見たサイパン島)

すると会長は、穏やかに口を開き…
自分は、消防団員時代に何度かテニアン島を訪れた…
そう言ってテニアン島また
我が長野県に縁のある松本50聯隊について話し始めました。

テニアン島とは…

テニアン島は
北マリアナ諸島サイパン島の8㎞南に位置する島
現在はアメリカ合衆国の自治領となっています。

テニアン島はその昔スペイン領からドイツ領となり
第一次世界大戦でのドイツ敗北により、日本領となりました。

日本の統治下となってから
初めてテニアン島が開発されることとなり
当初4人の日本人が移住し開発を初めてから
最高時の1944年6月当時は1万5千人以上(軍人を除く)が
砂糖の生産や鰹節製造業などを営みながら生活をしていました。

松本50聯隊(歩兵第50聯隊)は
明治38年(1905年)に編制され
同年明治天皇より「我が帝國を保護せよ」との勅語と共に
軍旗を親授されました。

大東亜の戦局に暗雲が漂い始めた昭和19年(1944年)
御前会議において
「日本帝國が、戦時目的を達する上に絶対確保を要する圏域」
として、硫黄島・トラック島と並び
マリアナ諸島(グアム・サイパン・テニアン)が
国家防衛の最重要地域として認識され
50聯隊を主力とする29師団にマリアナ守備の勅命が下りた時
師団長高品彪氏は「我、身を以って太平洋の防波堤たらん」
と奉答し、以後、50聯隊はこの言葉を誓詞と掲げ
島の死守を決意しました。

6月、米軍の攻撃が始まり、サイパン島が陥落すると
攻撃目標がグアム・テニアン島へと移り
装備の無い守備隊は総反撃も虚しく
島への上陸を許してしいます。

陸海あわせて約8千人のテニアン守備隊も
上陸から僅か2日で主力部隊は壊滅、2千人の戦力となり
神社を拠点とした司令部も
北のラソー神社から南の住吉神社に後退していきました。

8月1日午後6時55分
米軍のテニアン占領宣言が発表されると、同日深夜
50聯隊・第17代聯隊長緒方敬志氏の手により
編制より守られてきた軍旗が奉焼され
翌日の玉砕攻撃へ向けて準備が整えらました。

残された日本人は兵隊のみならず一般人までもが
捕虜になることを頑なに拒み
スーサイドクリフより身を投げ自決
紺碧の海がひととき血の色に染まったといいます。

子を持つ一般人は、泣きながら子供等の背を押し
後を追い身を投げたといいます。

そして1年後の8月6日、この島から広島に向かって
原爆を積んだエノラ・ゲイが飛び立つ事となったのです。

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(スーサイドクリフ断崖を上から撮影)

会長「それは綺麗な島なんだよ。
海なんか、透き通るほどのコバルトブルー。
そこで、戦時中は悲しい悲しい出来事があったんだ。
岬から我が子の背を押して
その後を追い飛び込み自殺をするなんて
今の時代は考えられないだろ?」

「・・・」

会長「その島は、今でこそ
ダイビングスポットとして有名な観光地で
日本人観光客が多く遊びに行く観光名所になっているんだよ。
でも俺は、その岬に立ったら涙が止まらなかったんだ。」

「・・・」

会長「でもな、そんな悲しい出来事があったことなんて
知らない若者が多いんだ。
俺は一緒に行った消防団員には、手を併せるよう説明したよ。
でも、その岬にある慰霊施設はすべて仏教や他宗教のもので
神道の慰霊施設がないんだよ。
だから、我々長野県神道青年会で
そのスーサイドクリフに神道式の慰霊碑を建てたいと思うんだ。」

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(慰霊施設建設予定地)

私は、この時ほど
自分の無知さを恥じたことはありませんでした。

何も知らずに
ただただ反対していた自分を恥ずかしく感じると共に
この時から
まだ見ぬテニアン島に想いを馳せる日々が始まりました。

テニアン島に関する書物を読みあさり
yahooオークションに「テニアン島」でアラートをかけ
写真集や情報誌を買い読みあさりました。

その後の会議では、会長が長時間に渡り
テニアンでの史実や
会長が慰霊碑建立を思い立ったに至る経過を説明し
まずは現地へ行き、現地調査をしっかりした上で
土地の確保など建立することが可能か否かを
調べなければならない…と言うことになり
旅行業者に間に入っていただき
北マリアナ連邦の議員さんや
テニアン市の役員さんとお会いするべく
現地に飛ぼうということとなりました。

それが平成13年の話しです。

松本50聯隊は、編成地は長野県の松本でしたが
実際は愛知や岐阜の隊員が多かったと聞いています。

現在、その編成地である松本の兵営跡地は
信州大学のキャンパスとなっています。

我々の暮らす長野県に縁のある
「松本50聯隊」が玉砕した地に想いを馳せ
平成14年3月、9名の会員が
テニアンへ視察調査に飛び立ちました。

2月といえば、まだまだ日本は真冬
零下の日本から30℃以上のサイパンへ
サイパン国際空港で我々を迎えてくれたのは
常夏の暑さと灼熱の日差しでありました。

我々の目的は
「大東亜戦争を中心とした英霊並びに戦歿者に対する
慰霊顕彰事業を当会の継続事業として位置付ける為
戦跡である北マリアナ諸島の現地に於いて
当時の史実を考察し慰霊と顕彰の実情を把握することによって
より有意義な事業活動の展開に資するため。」…ということで
出迎えのバスに乗り
サイパン初上陸(私は)の喜びに浸る間もなく
取るものも取らずといった形で
まずはサイパン島のバンザイクリフへと向かいました。

車中からは「ラストコマンドポスト」と呼ばれる
サイパン島での最後の日本軍司令部跡や
艦砲射撃により傷付けられた岩肌が見え
ここでの惨事を物語っていました。

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(艦砲射撃のあとが残る岩肌)

サイパン島バンザイクリフで慰霊祭をするべく
一同は日本から持ち寄った荷を解き
祭壇を組み竹を立て斎場を設営しました。

まだ日本とサイパンの温度差に体が慣れていないにも関わらず
汗を拭うのも忘れたかのように一同は無言で準備しました。

焦げそうな陽射しと
押し寄せては岩壁にぶつかり砕ける波の音に包まれて
慰霊祭の御奉仕をしました。

バンザイクリフを目の前にして
祭詞奏上の間そこでの史実を脳裏に繰り返し
綺麗な海・空・景色とのギャップに涙が溢れ
その涙は汗と共に足元に落ち、大きな跡が出来ました。

祭典と後片付けを済ませ、サイパン戦跡を巡りホテルに帰り
慌ただしく一日を振り返る暇もなく
明日テニアン島へ向かう準備と打ち合わせを済ませました。

2日目、サイパン島チャーリードック港よりフェリーで
今旅の最大の目的地でありますテニアン島へ向かいました。

約1時間して、テニアン島に着き
まずはテニアン島の戦跡を巡り
最終目的地「スーサイドクリフ」へと向かいました。

テニアン島での慰霊祭斎行の場所であるこの岬
昨日のサイパン島バンザイクリフで感じた想い
波の音、海の色、同じ雰囲気を感じました。

会長の話にあったように
岬に建立されている多くの慰霊碑の中には
神道系のものはありませんでした。

一通りの視察を終えて慰霊祭の準備をし
皆モノも言わず慣れた手つきで準備を終え
テニアン島スーサイドクリフでの慰霊祭も終えました。

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(視察調査時の、慰霊祭の様子)

2日間、2つの慰霊祭を終え
今回のもう1つの目的であります
「北マリアナ連邦やテニアン市の役員さん訪問」
果たして、現在はアメリカ領となっているテニアンで
私たちのようなもの達と会っていただけるのでしょうか…。

そんな不安を胸に、マリアナ政府観光局を訪ねました。

幸いにもマリアナ政府の議員さんとお話しをすることが出来
しかもテニアン市長さんともお会いすることが出来
直接我々の想いをお話しさせていただくことが出来
そして当初の目的に対し大きな成果を収めることが出来ました。

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(テニアン島内…車窓から)

帰国後9名の会員は
仲間にサイパン島・テニアン島での想いを伝えました。

「様々な宗派で建った碑又個人で建った碑は数多くあれど
これだけ日本人の観光客の多い中に誰もが自由に参拝し
手をあわせる場所が無いことに寂しさを覚えた」

「年老いた父母や愛する妻子を故国に残し
御国の為尊い命を捧げられた英霊等の心に応えるためにも
慰霊碑建立の早期実現と慰霊の心が
未来永劫受け継がれていくことを切に希望する」

これらは、参加者が帰国後書いた感想文から抜粋したものですが
参加者は現地で慰霊祭を斎行し
現地の空気を肌で感じ当時に想いを馳せることで
現在の平和を改めて強く感じることが出来たことや
慰霊碑は幾つも建ち並んではいるけれども
実際この場で何があったのか説明するものが何も無いことなど
それぞれに慰霊碑建立の必要性を伝えることで
慰霊碑を建立する方向で議論を進めることになりました。

どんなものを建立するか決める傍ら
仲介の旅行業者を通して現地政府と土地確保の交渉を進め
視察時に慰霊施設建立に最適と下見をした場所を申請しました。

役員会では、慰霊碑ではなく
どうせなら神社(祠)を建てたらどうか?
など様々な意見が飛び交いました。(続く)

続きは明日♪
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北マリアナ諸島戦歿者慰霊顕彰事業♪

2016 - 05/22 [Sun] - 14:25

今年も行ってきました「北マリアナ諸島戦歿者慰霊祭」

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5月16~19日までの3泊4日の旅
実際には成田に前泊しますので4泊5日
参加者の中には後泊する人もいますので5泊6日の人も…
今年は、御柱の年ということもあり諏訪からの参加者は0
少数精鋭12名で慰霊団を組織し行って参りました。

私たちは飯田のM親子と12時45分くらいに駒ヶ根を出発
娘と同い年(年長さん)ということで車の中から和気藹々
楽しく出発しました。

今回は車3台に分かれ木曽号・塩尻号・駒ヶ根号
そして1人は長野から新幹線で合流ということでしたが
駒ヶ根号も休憩無しに湾岸幕張サービスエリアまで
そこで先に出発していた木曽号と塩尻号に追いつきホテルへ
ホテルは今年も成田ビューホテル
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自動車で成田入りした11名はビュッフェで前夜祭
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9時前には新幹線組も合流して打ち合わせをしました。
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朝は7時にロビー集合、シャトルバスで成田空港へ
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出国手続きもスムーズに行われ、いつものデルタ航空機に搭乗
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月曜日から長野は天気が良くないといった予報でしたが
空の上は快晴、搭乗時間は約3時間半
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時差は1時間、時計の針を1時間進めてサイパン到着!
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あいにく韓国便と到着が重なり
1時間半以上も出国に時間がかかり…来年は
必ずエスタを入手しようと決意しました。

昨年までは、サイパン空港到着後セスナに乗り継ぎテニアン島へ
といった行程でしたが、昨年の台風直撃の影響か
テニアン島随一のホテル「ダイナスティ」が休業とあり
今年は、サイパンに3連泊ということで「フィエスタ」に移動
当旅行も15回目ともなれば色々な行程を経験しました。

以前はセントレアから夜中にサイパン入りしていましたので
今年のようにサイパン3連泊し、日帰り慰霊祭した年
慰霊祭後にテニアン島に泊まった年も
昨年までのようにテニアン泊後に慰霊祭をした年もありました。

今後、どの様にするかは反省会後に決めていきたいと思います。

とりあえず、今年は参加申込後に行程変更をやむなくされ
「フィエスタ」にチェックインしたのは夕方
ビーチででトロピカルジュースをつまみ?にブランデー
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早速に南国気分を満喫♪
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夕食は日本にもあるチェーン店「カプリチョーザ」
セットメニューはサラダにパスタにデザートと聞き
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お酒のつまみにチキンとピザを2皿ずつ…
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とお願いしたのが間違いでした(>_<)
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パスタはラーメンどんぶりのような大きさの器に盛られ
ピザはドラム缶の蓋のような容器に(苦笑)
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皆、はち切れんばかりのお腹を抱えて帰ったのは
言うまでもありませんが、ホテルで明日の慰霊祭の習礼をし
荷物など確認し合って就寝しました。

【2日目】
朝食後8時にピックアップ
サイパン空港からセスナでテニアン島へ渡ります。
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昨年14年目にして初めて乗った10人乗りセスナ
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今年も、行き帰り共に10人乗り
2人のパイロットと8人の乗客
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安定感も抜群!
私たち以外の観光客はロタ島へ行ったのでしょうか?
テニアン島へは、ほとんど私たちだけだったように思います…
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テニアン空港からは、昨年よりお世話になっている現地邦人
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テニアンエクスプレスの鈴木さんの車でスーサイドクリフへ
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快晴の陽射しの元、現地で預かってもらっている荷を広げ
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少数精鋭準備を整えて着装、私は今年「伶人」龍笛を担当
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斎主は飯田のM氏にお勤めしていただきました。
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昨年に引き続き参加していただいた遺族代表Y氏に碑文朗読を
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玉串は斎主と遺族代表に参列者代表が奉奠
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5月慰霊祭になってからはスコールにも見舞われること無く
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今年も、遠くで雷が鳴ってはいましたが降ることも無く
陽射しは相変わらず熱い中、終始そよ風が吹いていて
とても爽やかな祭典になりました。
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M氏の娘さん以外は皆、過去に参加したことのあるメンバー
準備から着装、祭典から片付けまでスムーズにこなし
恒例の?記念撮影♪
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今年は日帰り、少し時間の無い中ではありましたが
島内を観光…テニアンブルーと呼ばれる透き通った海
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その昔、ポカリスエットのCM撮影が行われたそうです。
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昨年まで泊まっていたホテルの裏にありながら
初めて見た原爆模型「リトルボーイ」と「ファットマン」
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ウラン型の「リトルボーイ」とプルトニウム型の「ファットマン」
こんな小さなものに、あれだけの破壊力があるなんて…
改めて原爆の怖さを感じたときでもありました。

昨年8月の台風直撃を受け
サイパン島ではライフラインが数ヶ月にわたりストップ
なぜか日本国内では大きく報道されることが無かったのですが
観光客も激減、その影響かダイナスティホテルは営業停止
どうやら税金も数十億未払いということで
カジノのライセンスも剥奪され
現体制では復活は無理ではないかとの見通しのようです。

それでも、海岸を走っているとなにやら工事中…
外壁には完成予想図の写真が貼ってあり
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カジノホテルが建設中とのこと
以前もテニアン島内の建設工事現場で
同じような光景があったのを覚えていますので
あのときのように頓挫しないことを願うばかりではありますが
明るい話題?もあるようでした。
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こちらも初めての場所「ドンニーのマリア様」
戦時中は野戦病院として使われていたそうですが
今では信心深い現地住民の心の拠り所となっているようです。

最後に、こちらもテニアン島では初めて寄る現地のスーパー
どんな物が売られているのかとても興味がありましたが
サイパンとそう変わりませんでした…しかも
基本サイパンから送られてきますから輸送費分が高いとのこと…
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帰りも10人乗りセスナ機
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5~6人乗りが軽自動車なら、こちらは中型ハイエース
安定感が違います…たった10分弱ではありますが
安定感が有るに越したことありません(笑
空から見る海も、それはそれは綺麗でした♪
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この時期の慰霊旅行ならではなのは「南洋桜」
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正式名称はフレームツリー「火炎樹」
今年は花が咲くのが遅い…という話もありましたが
昨年の台風で枝が折れ木が弱っているといった話もありました。

この「南洋桜」が咲き誇った年は台風が多い…
という話しを5月慰霊祭になった年から聞いていましたが
昨年はまさに、これでもかというくらいに咲き誇り
その後、台風直撃であったそうですから
日本も同じ、昔からの言い伝えを心に備えなければなりません。
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また、沖に停泊しているのはアメリカ軍の船
現地の人は、こちらも台風の目安にしているそうで
船が引き上げると台風が来る合図なんだとか…

昼食時間は過ぎていましたが、ホテルに帰ってランチ
このカレーは絶品でした♪
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夜は、ハピネス中華で直会をして
こちらもサイパンでは必ず寄らせていただくお店
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昼間はこんな感じ、サメが目印の「ダダラック」
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店主のMさんに、3日間とも車をお借りしました(感謝♪

【3日目】
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朝食後、お借りした車で島内巡り!
もう毎年のコースですので地図なんて要りません…
ああ、威張って言うほど難しい島ではないのですが
物覚えの悪い私ですから(汗
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先ずはラストコマンドポスト
日本軍の最後の司令部跡といわれているところで
日本政府によります戦歿者の碑がありますが
その手前に新しく石碑が出来ていました。
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(覚えていませんでしたが、昨年はこんな感じでした)
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同じく、その後行ったバンザイクリフにも建っていました。
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昨年、私たちが帰った後に除幕されたようです。
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バンザイクリフから見渡す海は紺碧そのもの
次に行くサイパン島のスーサイドクリフを下から見ると…
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上から見ると…
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サイパンの秘境といわれた「グロット」
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急勾配な階段を降りていくと、そこには
外洋から差し込む光が神秘的に輝いて幻想的な景色が広がり…
と、以前はそんな感じだったのですが
中国人観光客が大人数で陣取り、幻想的にはほど遠く(苦笑
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最後に、バードアイランドを見て帰って来ました。
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帰ってくる途中、地元のスーパーに寄り
会員へのお土産や、友人へのお土産を物色
地元の方が行くスーパーに寄るのが楽しみとなっています♪

昼食は、これまた毎度のカントリーハウスでステーキ
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子供たちはプールで遊び、私はお昼寝タイム♪
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夕食は、初の試み「サンセットBBQ」
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アクアリゾートクラブサイパンへ移動しBBQ
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目当てはグリーンフラッシュと呼ばれるサンセット
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太陽が海に沈む際に、一瞬だけ緑色に光る現象のことで
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これを見ると幸せになると言われているんだそうで…

ま、結果見られなかったんですけれど
この景色というか光景は、どれをとっても絵はがきになるような
そんな綺麗なシチュエーションでした。
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サンセットもさることながら、南国特有の
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ダンサーによるポリネシアンショー
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10歳と5歳くらいの男の子によるショーも圧巻でした。
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最後に記念撮影も♪
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【最終日】
最後の日は、ゆっくりしたいという人もいるのではと朝食を外し
私たちは「SUBWAY」で朝食
娘は、5日通して、ここで食べたハムチーズサンドが一番
だと言ったのは内緒です(苦笑。

そしてお買い物
しかしながら10時からでないとお店が開かないということで
アメリカンメモリアルパークへ
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数年ぶりに入りましたが、展示も新しくなり
どうしてもアメリカサイドの展示とはなっていますが
歴史の勉強にはもってこいです。
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免税店で買い物の後、昼食は日本の方がオーナーを務める中華
65_201605221034072dd.jpg
「大華飯店」へ、さすが…日本人向けの味付け
来年はここで直会を、とのリクエストもいただき
友人に車をお返ししピックアップ
サイパンを後にしました。
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この時間のフライトは私は初めて…
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昨年までは深夜2時に起きて3時にピックアップ
空港で時間をつぶして飛行機の中は熟睡…
といったパターンでしたが、今年は何ともゆっくりゆったり
飛行機の中から富士山も楽しみながら成田に着いたのは6時過ぎ
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木曽組はもう1泊し、私たちはそのまま帰路につき
家に着いたのは深夜12時少し前でした。

なんと言っても、昨年の台風直撃で大きな被害を受けたサイパン
しかしながらそれだけではなくサイパンを取り巻く環境は
刻々と変わっているように思いましたが
変わらないのは史実…
私たちは新しい仲間を連れて
また訪れたいと皆誓い合い分かれました。

来年は、施設建立15周年の節目に当たりますので
新しいことを考えています。

参加希望の方は、是非ご連絡下さいm(_ _)m

来年は何月になるかな~~♪
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テニアンな話し(続き)♪

2015 - 11/06 [Fri] - 06:08

間もなくして、現地から
無償で土地を提供してくれるといった有難い許可が下りました。

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その寸法にあわせ絵を描き

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模型を作るなどして、

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徐々に形が決まってきましたが
大変なのは建立資金をどうするかです。

もともと積立金は少額しかありません…
神社界では東海地区に属する長野県
まずは神道青年東海地区協議会に共催者となっていただくことで
県内はもちろん東海五県の神職さんや神社庁また大きな神社
そして関係業者より寄付していただけるようにと
「趣意書」「企画書」「事業概要書」などを調え
予定図を添えての募財活動が始まりました。

お金が絡んでくると
元からあった外部の反対の声も更に大きくなってきます。

「靖國神社や護國神社があるのに
何で国外へ慰霊碑を建てるんだ?」

「ずっと維持しいくことが出来るのか?」など…

苦言を呈しながら寄付をしていただける方
もちろん苦言だけで寄付していただけない方もいました。

疑問の声や不安の声もある中
応援してくれる方々も数多くいました。

長野県神社庁も後援についていただき
靖國神社からも多額の助成金を戴けることとなり
神社庁また靖國神社公認の事業として着実に慰霊碑建立に向け
会議を繰り返しました。

また、塩尻市の伊藤石材さんからは鳥居を御寄付戴けるといった
有り難いお申し出も戴き
県内外の多くの方々のご理解とご協力により
なんとか目標金額を達成することが出来ました。

そして、いよいよ発注
玉垣に鳥居、台座に御社殿
玉垣・鳥居・台座は石製ですので重く
とても飛行機というわけにはいきませんので船で運び込みます。

御社殿はテニアンの気候を鑑みると
木材製は朽ちてしまう危険性がありますが
あえて木材製を選び、今後朽ちたら新しく…朽ちたら新しく…と
御遷宮に生きる神道の甦りの心を盛り込みました。

また、愛知県神道青年会さんより
岡崎産の御影石で作った狛犬を御奉納戴けるということで

20071008093209.jpg
(現地慰霊施設に建立させていただきました「狛犬」)

更に素晴らしい慰霊施設になるのではと
期待に胸を踊らせていました。

発注したものが完成し
平成15年1月サイパン上陸のための4つの許可
(難しいことはよく分かりませんが)のうち
一番難しかった最後の許可がおり
2月頭にはサイパン、中旬にはテニアンに
石造物が上陸するという知らせがあり
これでなんとか「第1回 北マリアナ諸島戦歿者慰霊顕彰事業」
を行う3月6日に間に合わせることが出来た…

と思ったら・・・

社殿を設置することが出来なくなるような
重大な事件が起こってしまったのです。

と言うのも、ある方より、
今までにない重みのあるお言葉を頂戴したのです。

「スーサイドクリフといったら、
テニアン島の中では1番人目に留まる所。
そこに神道形式のものを建てるのは良いけれども
しっかり維持をしないと、湿気は多いし、台風は多いし
金物は現地の人が盗っていってしまうし…。
現地には中国や韓国の人が多いから
社殿を置くと射撃の的にされてしまうこともある。
管理人を常駐させるなり
相当な覚悟で行ってもらわなければ困る」と。

ある方とは、県外の神主さんで
数十年前より南洋の島々で慰霊活動を行っている方で
当サイパン島・テニアン島でも遺骨収集活動や
「サイパン神社」「テニアン神社」の復興はもとより
政府の要人とも深くお付き合いがある方で
これまで苦言を戴いた方々とは比べものにならない意見
既に各島々で慰霊活動を行っている方からの
生の助言と捉えさせていただき、早速に会いに行き
更なるご助言を素直に聞き入れ
3月の慰霊祭に先立ち再度視察をするべく4人が現地へ飛び
最終確認をし、玉垣と説明板だけを建立して当日に備えました。

慰霊碑建立という話しが持ち上がってから2年弱
という短い期間で、準備不足の面も否めませんが
なんとか慰霊祭を斎行出来るまでに整いました。

たった一回だけの事前視察で
見落としてきたことも沢山有りましたが
有り難いご助言に寄りまして事前に対処することが出来
これからまた調査をする中で
残りの施設(鳥居と狛犬)を建てることにして現地に保管し
社殿は、最近中国人や韓国人が多く訪れるので
壊される可能性が多く、また屋根が銅葺きであり
現地の人に壊され盗られる危険性を多く孕んでいるということで
当面は神籬祭祀(当日御霊をお迎えし祭典)で
慰霊祭を行うこととしました。

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(平成15年3月現在)

慰霊団も、当初計画の100名とまではいきませんでしたが、
県内外より多くの参加者が集まりました。

当日は、始めにテニアン神社で奉告祭を行い

20071009100324.jpg
(テニアン神社での奉告祭)

引き続きスーサイドクリフで慰霊祭を斎行しました。

20071009100340.jpg
(平成15年度 慰霊祭)

2年目には、鳥居と台座
また愛知県神道青年会寄贈の狛犬も設置され
一段と厳かな祭典が出来るようになりました。

20071009100403.jpg
(平成16年2月の現地)
20071009101801.jpg
(平成16年 慰霊祭)

しかしながら、維持していくことは大変です。

月々の維持管理費用も
もともと資金のない神道青年会独自で守り続けていくことが
どこまで出来るかわかりませんが
現在では、神道青年東海地区協議会が
維持費分ほどの助成金を毎年補助して下さっています。

しかし、予期しなかった出来事も起こります。

20071009100635.jpg

北マリアナ諸島は、台風の通り道
ある強い台風で説明碑が倒れ壊れてしまったのです。

また、ある年には、近くにある慰霊施設が
中国人により破壊されたという報道があり
周囲2~30メートル四方の施設が壊された…
という報道でしたので
すぐ現地に電話をしたこともありました。

また、一般の渡航者より、尾が欠けている狛犬の写真を
(WBCの腹いせ…という説をつけて)
送ってもらったこともありました。

それでも私たちは、続けることが出来る限り当施設を守り
ここでの史実を、テニアン島に来る人々に伝えることで
これからの日本を支えて行くべく若者達に
先人への感謝の心を持ち続け
慰霊の誠を捧げてもらいたいと切に願っています。

その島で遊んではいけないということではありません…
碑文にもありますように
「幸せに元気よく今の世を生きている
『あなた』を見守っていて下さいます」のように
この島を訪れて元気よく遊んでいる姿を見せることも慰霊です。

ただ、元気で遊べる「今」があるのは
御先祖様のお陰であることを忘れないように
または時々にでも思い出してもらうきっかけとなり
そして靖國神社、または護國神社、招魂社、招魂碑
仏壇や神棚に手を併せてもらえれば…。

20071010094543.jpg

実のところをお話ししますと
建立から10年以上経ち
長野県神道青年会にも建立当時の会員が少なくなり
当初の建立理由など知らない人がほとんど
当慰霊施設を維持していくのが大変…という声も多く
今後の在り方を検討している時期でもあります。

しかし、出来る限りは維持し続けていっていただきたい…
毎年の慰霊祭も続けていっていただきたい…
神道青年会員は、やがて定年を迎え卒業していってしまうけれど
神道青年会には必ず新しい会員が入り
新しい組織として存続していく組織であり
私たち個人個人はいずれ死んでいなくなってしまうけれども
未来、将来のことを考えると神道青年会という組織で
当施設を、当慰霊事業を続けていっていただくのが理想
そして、後輩達には同じ気持ちであって欲しいし
同じ気持ちをまだ見ぬ後輩達にも伝えていって欲しい
そう、思っています…広く、全国の同志達にも…。

20071010094603.jpg

当初は、我々神職やその家族だけではなく
遺族の方々や一般の方々にも参加していただきたいと
計画をしていましたが
日帰りで行けるような場所でもありませんし
それ相当のお金も日数もかかりますので
なかなか慰霊団の参加者も増えませんが
もし皆さんが他の旅行でテニアン島を訪れたら
是非スーサイドクリフへ行っていただきたいと思います。

たまたまテニアンへ観光で渡る方も多くいますが
スーサイドクリフへ行くと
必ず目に留まる場所に施設はありますし
説明板も見ていただけることと思います。

当初、奉告祭を斎行していた「テニアン神社」ですが
10年前とはサイパン・テニアンの諸事情も大きく変わり
サイパン-テニアン間に行き来していたフェリーはなくなり
日本-サイパン便の飛行機もセントレア発着がなくなり…など
時間的な制約もありここ数年斎行されておりませんが
機会があれば是非お参りして下さい。

サイパンへは行ったことがある人が多くいると思いますが

20071010094617.jpg

(今では乗ることの出来ないフェリー)

サイパンからセスナで飛行時間は約10分

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サイパンのマニャガハ島も綺麗ですけれど
是非もう一歩足を伸ばしてテニアン島へ出かけてみて
そして史実に触れてみて下さい。

昔、この場所で何が起きたのか
本当は自分でお調べいただくのが一番ですが
私も経験があるように
それをするのはよほど興味を持ったときしかできません(汗

繰り返しになりますが、日本領であった頃
私たちの先々代の年代の方々が
この地に1万人以上も定住されていました。

戦争でアメリカに占領されることとなり
島の端へ端へと追いやられ
水不足の孤島ですから
真夜中に井戸へ水を飲みに行ったところを
後ろから銃撃されるなどしていましたから
捕まれば何をされるか分からないといった状況の中
捕虜になるくらいなら死んだ方が良い…と判断した島民が
サイパン・テニアンそれぞれの岬から
子供たちの背を押し後を追って自決しました。

「クリフ」というのは「岬」のこと
それぞれの岬から「天皇陛下万歳」を叫びながら飛び降りた
そのことから名付けられている「バンザイクリフ」
また「スーサイド(自決)クリフ」といった名前なのです。

20071011101356.jpg

くどいようですが、それはそれは美しい岬
紺碧の海と青い空そして白い波しぶき
その景色を見て昔そんなことがあったなんて
誰が想像できるでしょうか?

今の平和な日本、そしてテニアンがあるのも
そこで戦いその時を生きた
先人の皆様のご苦労ご尽力の賜物なのです。

テニアンだけでなく、グアムや硫黄島、中国やアジアの国々
日本本土ももちろん沖縄でも
その時を生きた
我々の御先祖様がいて今があるのです。

20071011103139.jpg

テニアンは遠くて行くことが出来ないかも知れませんが
靖國神社、各県護國神社や各郡市部招魂社
その近くをお通りになられましたら
このお話しを思い出していただき
ちょっと足を伸ばして寄っていただき
お参りしていただければ幸いに存じます。

戦争でお亡くなりになられた皆様の御霊安かれと
心よりお祈り申し上げます。。。

20071011102256.jpg

今年度の慰霊旅行は…
平成25年2月25日(月曜日)~28日(木曜日)
毎年行われていますので、一緒に行っていただける方は
私までご連絡をお願い致します。

駄文にお付き合いいただき、ありがとうございました♪

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ブログ執筆は宮司 白鳥俊明

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