日本人の心の故郷(ふるさと)神社「神道」に触れてみませんか (*^_^*)v

  五十鈴神社『宮司の社務日誌』のナビゲーター   トップページ > 2010年11月  

若一王子神社♪

2010 - 11/30 [Tue] - 06:55

大町へ行ったときにお参りした2社
「仁科神明宮」ともう一社は
「若一王子神社(にゃくいちおうじじんじゃ)」。

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「若一王子神社」は
大町市街地、大町駅の少し北に鎮座しています。
11_20101129215542.jpg
御祭神は「伊弉冉尊(いざなみのみこと)」
「仁品王(にしなおう)」
「妹耶姫(いもやひめ)」
「若一王子(にゃくいちおうじ)」の4柱

「仁品王」とはこの地の守り神
「妹耶姫」はその奥さん
「仁品王」が「イザナミ」をお祀りしてお社を建てたのが創立
その後に地元の人々が「仁品王」と「妹耶姫」をお祀りし
更にその後に「熊野那智大社」にお祀りされている
「若一王子」をお迎えしてお祀りし
「若一王子神社」とされたそうです。
14_20101129220839.jpg
仁科氏をはじめ代々の領主の崇敬を仰ぎ
松本城主の崇敬も篤く
「仁科神明宮」「穂高神社」と「仁科三大社」と称されています。
14_20101129220913.jpg
その昔、神仏習合の時代
「若一王子権現」と称されていましたが
明治の神仏分離の際に「若一王子神社」と改称しました。
15_20101129221343.jpg
本殿東の観音堂(上の写真の左端)には、
十一面観音の像が安置されているそうです。

そしてなんといっても境内にある三重塔
12_20101129221642.jpg
現在でも神仏習合の形がそのままに残っている神社です。

人身獣面の十二支の彫刻が施された三重塔です♪
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古事記「称える歌・礼の歌」(160話)♪

2010 - 11/29 [Mon] - 06:41

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又天皇婚丸邇之佐都紀臣之女袁杼比賣幸行于春日之時媛女逢道即見幸行而逃隱岡邊故作御歌其歌曰袁登賣能伊加久流袁加袁加那須岐母伊本知母賀母須岐波奴流母能故號其岡謂金鋤岡也又天皇坐長谷之百枝槻下爲豊樂之時伊勢國之三重釆女指擧大御盃以獻爾其百枝槻葉落浮於大御盃其釆女不知落葉浮於盃猶獻大御酒天皇看行其浮盞之葉打伏其釆女以刀刺充其頚將斬之時其釆女白天皇曰「莫殺吾身有應白事」即歌曰麻岐牟久能比志呂乃美夜波阿佐比能比傳流美夜由布比能比賀氣流美夜多氣能泥能泥陀流美夜許能泥能泥婆布美夜夜本爾余志伊岐豆岐能美夜麻紀佐久比能美加度爾比那閇夜爾淤斐陀弖流毛毛陀流都紀賀延波本都延波阿米袁淤幣理那加都延波阿豆麻袁淤幣理志豆延波比那袁於幣理本都延能延能宇良婆波那加都延爾淤知布良婆閇那加都延能延能宇良婆波斯毛都延爾淤知布良婆閇斯豆延能延能宇良婆波阿理岐奴能美幣能古賀佐佐賀世流美豆多麻宇岐爾宇岐志阿夫良淤知那豆佐比美那許袁呂許袁呂爾許斯母阿夜爾加志古志多加比加流比能美古許登能加多理碁登母許袁婆故獻此歌者赦其罪也爾大后歌其歌曰夜麻登能許能多氣知爾古陀加流伊知能都加佐爾比那閇夜爾淤斐陀弖流波毘呂由都麻都婆岐曾賀波能比呂理伊麻志曾能波那能弖理伊麻須多加比加流比能美古爾登余美岐多弖麻都良勢許登能加多理碁登母許袁婆即天皇歌曰毛毛志記能淤富美夜比登波宇豆良登理比禮登理加氣弖麻那婆志良袁由岐阿閇爾波須受米宇受須麻理韋弖祁布母加母佐加美豆久良斯多加比加流比能美夜比登許登能加多理碁登母許袁婆此三歌者天語歌也

また「雄略天皇」が
丸邇の佐都紀氏の娘で
「オドヒメ(袁杼比賣…おどひめ)」を妻にしようと
春日にお出ましになったとき
その途中で「オドヒメ」に会いましたが
「オドヒメ」は恥ずかしがって岡に逃げて隠れました。

そのときに「雄略天皇」が読んだその歌は
「『オドヒメ』が隠れた岡を
金の鋤を持ってきて見つけるまで掘り返してみようか」

その歌を読んだ場所を「金鋤の岡」といいます。

また「雄略天皇」は長谷にいる頃
たくさんの枝が茂る欅の木の下で宴会をしているとき
伊勢の国の三重から仕えていた釆女(うねめ)が
「雄略天皇」に大きなお盃を差し出しました。

そのとき、たくさんの枝が茂る欅の木から葉が落ちてきて
その盃に入ってしまいましたが
釆女は葉が落ちて盃に浮いていることに気付かず
そのまま「雄略天皇」に差し出してしまったため
「雄略天皇」は「無礼者!」と怒り
釆女を突き倒しその首に持っていた刀を突きつけ斬ろうとしたとき
釆女が「雄略天皇」に言いました。

釆女「どうぞ殺さないで下さい!
申し上げたいことがございます!」といって読んだ歌は
「『天皇』の坐す宮殿は朝日が輝き夕陽が照る美しい宮殿
竹の根のようにしっかり根付き木の根が這うように揺るぎなく
赤土を突いて杵で固めたように堅い堅い宮殿
檜で造った新嘗祭の御殿の側には
たくさんの枝が茂った欅の木が立ち
その上の枝は天を覆い
中の枝は東の国を覆い
下の枝は西の国を覆い
『天皇』の御代が益々栄えていくことを表しているようで
その繁った中から落ちてきた葉が盃に浮かぶ様は
この国の初め漂う海にコオロコオロと矛でかき混ぜて
国をお造りになった様子に似ていて恐れ多く
すべては『天皇』の栄える様子を表しているのです
このように申し上げます」

釆女はこの歌を読んだので罪を免れることが出来ました。

この時に正妻の「ワカクサ」が歌ったその歌は
「大和の国の高市の小高いところに建つ新嘗祭の御殿
その側に凛と立つのは葉の広い椿の木
その椿の葉のように広い心で輝きを広く与えてくれる
『天皇』さまに豊御酒をたてまつりたい
このように申し上げます」

そこで「雄略天皇」も歌を読みました。

雄略天皇「この宮殿に仕えているすべての者たちよ
ウズラのようにヒレを取りかけて右へ左へと駆け
セキレイのように尾が長いかのように俊敏に動き
スズメのようにみんな集まり仕事して
今日も酒に食事に準備して有り難いことだ」

これら3首の歌は天語歌といいます。

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仁科神明宮♪

2010 - 11/28 [Sun] - 06:00

少し前になりますが、
「長野県敬神婦人連合会」への参加のため
大町市へ出掛けてきました。

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大町市は長野県の北の方に位置し
県内の天気予報で「大町以北山沿い地方」と区別されるように
大変雪深いところであります。

同じ県内でも滅多に訪れることのない大町市に来たのだからと
2社お参りいたしました。

「仁科神明宮(にしなしんめぐう)」

大町市の中でも池田町よりに鎮座している当神社、
小高い丘?山?を少し上がったところに
杉の古木が繁る森の入口に駐車場があります。
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杉の古木に施されているつっかえ棒に
木を大事にされている気持ちと
つっかえ棒をするほどに大きな木
そして太い枝であることが分かると思います。
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少し歩くと突き当たりに手水舎
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そこで地元の方でしょうか
神社のことに詳しいオジサンが
私たちに歴史や神社のことなど様々な説明をしてくれました。
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そのオジサンは私が神職であることなど知りませんから
鳥居の形状から名称に神様のこともお話し下さいましたが
有りがたくお聞きしました♪
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天気も良く時期的にも紅葉が一番綺麗なときで
大町一のパワースポットで癒されてきました。
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本殿とこの中門は国宝に指定されています。
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オジサンが中まで案内してくれましたが
我々だけだったら、門が開いていても
中は遠慮して入れなかったかも知れませんが
本当にお陰様でした。
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こちらは先代の御神木でしょうか。
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この御本殿と真ん中の釣屋が国宝の指定を受けており
御本殿は日本最古の神明造りで屋根は檜皮葺(ひわだぶき)
構造は昔ながらのものを今にそのまま残しており
建築史上大変貴重で室町時代の様式を伝えています。

伊勢神宮と同じく20年に一度御遷宮が行われ
次回は平成31年(2019年)に行われますが
氏子が130戸余り、費用は国宝ですが全額国が負担してくれる…
わけではなく、億単位の額を氏子の皆様が負担されますから
単純に計算しても…大変なことです。

創立は、豪族仁科氏の御厨(みくりや・神領)の守り神として
年数こそ不明ですが1050年頃ではないかと伝えられています。

宮司さんは、
当ブログにもコメントいただいたこともありますM先輩です♪
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古事記「猪の歌と『ヒトコトヌシ』」(159話)♪

2010 - 11/27 [Sat] - 06:53

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又一時天皇登幸葛城之山上爾大猪出即天皇以鳴鏑射其猪之時其猪怒而宇多岐依來故天皇畏其宇多岐登坐榛上爾歌曰夜須美斯志和賀意富岐美能阿蘇婆志斯志斯能夜美斯志能宇多岐加斯古美和賀爾宜能煩理斯阿理袁能波理能紀能延陀又一時天皇登幸葛城山之時百官人等悉給著紅紐之青摺衣服彼時有其自所向之山尾登山上人既等天皇之鹵簿亦其裝束之状及人衆相似不傾爾天皇望令問曰「於茲倭國除吾亦無王今誰人如此而行」即答曰之状亦如天皇之命於是天皇大忿而矢刺百官人等悉矢刺爾其人等亦皆矢刺故天皇亦問曰「然告其名爾各告名而彈矢」於是答曰「吾先見問故吾先爲名告吾者雖惡事而一言雖善事而一言言離之神葛城一言主之大神者也」天皇於是惶畏而白「恐我大神有宇都志意美者不覺」白而大御刀及弓矢始而脱百官人等所服衣服以拜獻爾其一言主大神手打受其捧物故天皇之還幸時其大神滿山末於長谷山口送奉故是一言主之大神者彼時所顯也

またあるとき「雄略天皇」が葛城山に登りました。

すると「雄略天皇」の前に大きな猪が現れたので
「雄略天皇」は弓を取り出し鏑矢で射ました。

見事鏑矢は猪に命中したのですが
猪はビクともせずに「雄略天皇」に怒って突進してきました。

「雄略天皇」は猪の勢いを恐れ
榛の木(はんのき)によじ登り歌を歌いました。

雄略天皇「山に遊んでいると目の前に猪が現れた
矢で射たが傷を負った猪の怖いこと怖いこと
思わず逃げ登ったのはその丘の榛の木の枝」

またあるとき「雄略天皇」が葛城山に登り
そのときに一緒に行ったたくさんの家来達は皆
支給された藍染めの服を着ていました。

向かいの山を見ると
「雄略天皇」一行と同じくらいの人数で同じような服を着て
見分けが着かないような一行が山を登っていました。

そこで「雄略天皇」がそれを見て問うには
雄略天皇「この大和の国には私以外に天皇はいないはず
いったいあの一行は何者であろうか」

するとその一行からすぐに返事が来ましたが
それは「雄略天皇」が問うたものとまったく同じでした。

「雄略天皇」はそのことに腹を立て
家来達の弓に矢をつがえさせました。

すると向かいの山の一行も
同じように皆弓に矢をつがえたので
「雄略天皇」が言いました。

雄略天皇「ならば名を名のれ!
お互いに名のりあった上で矢を放とう」

相手の答えは
「私が聞かれたから私の方から先に名のろう
私は悪しきことも一言で決めてしまい
善きことも一言で決めてしまう
葛城の『ヒトコトヌシ(一言主…ひとことぬし)』
というものなり」

それに対して「雄略天皇」が畏まって言いました。

雄略天皇「恐れ多くも我が大神さまでありましたか
お姿を見ることが出来ようとは」
と言って刀や弓矢、そして家来達の衣服までもを捧げました。

すると「ヒトコトヌシ」は手を打ってお喜びになり
献上品をお受け取りになり「雄略天皇」が山を下り帰るとき
長谷山の出口までお見送りされました。

これ「ヒトコトヌシ」が登場したのはこの時です。

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来年の氏子参拝旅行は山形♪

2010 - 11/26 [Fri] - 06:45

「気比神宮」を先に書きましたが、
実は「気比神宮」をお参りしたのは
全体のバス8台の内で和が3号車と2号車の2台だけ
その前にお土産の買い物と昼食をとりました。

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お店は「越前やべ清」さん。
60
多少の時間差はありながらも
バス8台が押し寄せるわけですから凄い人です。

ここでの食事は
今回のメインと言っても良いくらいの海鮮づくし
海鮮丼に蟹に刺身盛り合わせなどなど…
ボリュームたっぷりの昼食後はお土産タイム♪

私もまずは店内を3周りくらい廻って
甘エビを幾つ…焼き鯖を幾つ…イカの姿干しを幾つ…と頭で計算
すると「甘エビこれでお終い!」の声が聞こえてきました。

これは…と駆けつけたのですが、残り2つ(涙
とりあえず2つ買い占め、
焼き鯖コーナーへ
案の定、焼き鯖もイカの姿干しも売り切れ…

下見の時に
あれだけ「長野の人は海産物に目がないから」
と数を沢山揃えておいてもらうようお願いしたのに…
きっと想像以上…でも一番痛かったのはお店でしょうね(苦笑

蟹もウヨウヨいましたが
実は、越前ガニの解禁日はこの日の次の日「11月6日」(汗
どういうシステムかは分かりませんが
そこにいた蟹たちはどういうことなんでしょうか(笑。

ま、細かいことは置いておいて…来年の旅行先です♪

来年の旅行先は…山形県「出羽三山(でわさんざん)」!
出羽三山とは、
山形県庄内地方にひろがる
月山・羽黒山・湯殿山を総称したものです。
出羽三山神社
「出羽三山神社」

中でも最大の目的は…
湯殿山神社
「湯殿山神社」

「オオヤマヅミ」・「オオナムチ」・「スクナヒコナ」の三神を祀り
現在でもお参りの際は靴を脱いで裸足になり
お祓いを受けてからでないとお参りできないのだそうで…
とある参拝した方のブログに
「神域な場であるため撮影禁止なのです。
 下のほうに下っていくと、裸足になってお払いを受けます。
 そして、奥に進むと御神体『茶褐色の巨大な岩』があります。
 そう、ここ湯殿山神社は社殿がないんです。
 御神体に参拝したあと、
 熱湯の湧き出る岩を歩いていくんです。

 なんでしょ・・・本当に神聖な場です。」


公式サイトには
「五穀豊穣・家内安全の守り神として崇敬される湯殿山神社がある。
修験道の霊地としての湯殿は、湯殿山神社のご神体である出湯と
その湯ばなにおおわれた巨岩を…」

云々とありますが、
熱湯の湧き出る岩を歩くということは、
御神体の上なのでしょうか?
ますます興味をひかれます。
萬国屋
来年は2泊3日の旅行となりますが
その内1泊は写真の「萬国屋(ばんこくや)」さんを計画しており
楽しい旅行となりそうです。

来年もご参加をお待ちしております♪
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古事記「蜻蛉の歌」(158話)♪

2010 - 11/25 [Thu] - 06:10

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天皇幸行吉野宮之時吉野川之濱有童女其形姿美麗故婚是童女而還坐於宮後吏亦幸行吉野之時留其童女之所遇於其處立大御呉床而坐其御呉床彈御琴令爲舞其孃子爾因其孃子之好舞作御歌其歌曰阿具良韋能加尾能美弖母知比久許登爾麻比須流袁美那登許余爾母加母即幸阿岐豆野而御狩之時天皇坐御呉床爾虻咋御腕即蜻蛉來咋其虻而飛於是作御歌其歌曰美延斯怒能袁牟漏賀多氣爾志斯布須登多禮曾意富麻幣爾麻袁須夜須美斯志和賀淤富岐美能斯志麻都登阿具良爾伊麻志斯漏多閇能蘇弖岐蘇那布多古牟良爾阿牟加岐都岐曾能阿牟袁阿岐豆波夜具比加久能碁登那爾於波牟登蘇良美都夜麻登能久爾袁阿岐豆志麻登布故自其時號其野謂阿岐豆野也

「雄略天皇」が吉野の宮殿に出掛けたとき
吉野川のほとりで遊ぶ1人の美しい少女を見つけ
そしてその少女と結婚して長谷の宮殿へと帰りました。

そしてその後、吉野を通りかかったとき
その少女と会った同じ場所で足を止め
その場所に台を置いて座り琴を弾いて少女に舞を踊らせたところ
その少女がたいそう素晴らしい踊りだったので歌を作りました。

その歌は
雄略天皇「あぐらをかいて琴を弾き鳴らし
その琴の音に合わせて踊る乙女の麗しさ
いついつまでも美しく」

またある日「雄略天皇」が
阿岐豆野で狩りをしていたときに
「雄略天皇」の腕を虻(あぶ)が刺しました。

すると蜻蛉(とんぼ)が飛んできて
その虻を食べてしまいました。

その飛んでいる蜻蛉を見て「雄略天皇」が歌を作りました。

その歌は
雄略天皇「吉野の国の小室ヶ岳に獣が住んでいると
天皇の大前に言ってきたのは誰か
その獣をあぐらをかいて待っているところに
腕に虻が食いついて その虻をあっという間に
蜻蛉(とんぼ…あきず)が飛んできて食ってしまった
この大和の国を『蜻蛉』にちなんで蜻蛉島(あきずしま)という」

それでこの平を「阿岐豆野」といいます。

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深志神社なう♪ 

2010 - 11/24 [Wed] - 17:35


会議で松本に来ています♪
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日本全国「新嘗祭」♪

2010 - 11/24 [Wed] - 06:10

昨日11月23日は「勤労感謝の日」、
各地の神社では「新嘗祭(にいなめさい)」が行われました。

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私の兼務社「大御食神社」でも
10時より「新嘗祭」が行われました。
大御食
「新嘗祭」または「新穀感謝祭」というところもありますが
「新嘗祭」の意味は「新穀の収穫に感謝をする」お祭りです。

春の「祈年祭(きねんさい)」で
一年の豊作をお願いしたのに対し
この「新嘗祭」で収穫に感謝をするのですが
「祈年祭」「新嘗祭」「例祭」を神社の「大祭」と呼んでいます。

この11月23日には
宮中(皇居)で天皇陛下が
天神地祇(あまつかみくにつかみ)に
今年穫れたお米をお供えし
天皇陛下自らも今年初めて新米を食されるということで
昔の人は、
天皇陛下が新米を食される前に新米を食べるのは恐れ多い…
と、新米は11月23日前には食べなかったのですが
今では遅くとも9月には新米が市場に出回っている世の中。

9月に新米以外のお米を探す方が難しい世の中ではありますが
ボジョレーヌーボーなるワインの解禁日を守るのであれば
日本人の主食「お米」の解禁日も守って欲しいな…
とは毎年書かせていただいていること。

お米を始め農作物を作っていただいている
お百姓さん達に感謝をする1日でもありました。

本郷神社

飯島町の本郷神社
梅戸神社
飯島町の梅戸神社
「新嘗祭」のお手伝いに伺いました。

大宮五十鈴神社の「新嘗祭」は12月1日です♪
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古事記「『アカイコ』の歌」(157話)♪

2010 - 11/23 [Tue] - 06:14

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爾赤猪子答白「其年其月被天皇之命仰待大命至于今日經八十歳今容姿既耆更無所恃然顯白己志以參出耳」於是天皇大驚「吾既忘先事然汝守志待命徒過盛年是甚愛悲」心裏欲婚憚其極老不得成婚而賜御歌其歌曰美母呂能伊都加斯賀母登賀斯賀母登由由斯伎加母加志波良袁登賣又歌曰比氣多能和加久流須婆良和加久閇爾韋泥弖麻斯母能淤伊爾祁流加母爾赤猪子之泣涙悉濕其所服之丹摺袖答其大御歌而歌曰美母呂爾都久夜多麻加岐都岐阿麻斯多爾加母余良牟加尾能美夜比登又歌曰久佐迦延能伊理延能波知須波那婆知須尾能佐加理毘登登母志岐呂加母爾多祿給其老女以返遣也故此四歌志都歌也

そこで「アカイコ」が答えて言いました。

アカイコ「その昔ある年のある月に
『雄略天皇』さまが私に
『わしが嫁に迎えに来るから待っておれ』と仰って下さいましたが
そのお言葉を信じて待っていました。
しかし待てど暮らせどお迎えはなく
とうとうこの年80歳にもなってしまい
今では年を取り老いぼれてこのような姿になってしまいました。
今となっては『雄略天皇』さまのお嫁さんに…
とは思ってもおりませんが
せめてこの気持ちだけでも知っていただきたいと参上いたしました。」

それを聞いて「雄略天皇」はたいそう驚いて
雄略天皇「ああ…私はそんなことすっかり忘れていたよ、、、
なのに「アカイコ」は私の迎えをひたすらに待っていて
若くて一番良い時を私を待って過ごしていたとは申し訳ない」

そう言って「アカイコ」を妻に迎えようとしましたが
80歳にもなった「アカイコ」はそれを憚り
「雄略天皇」は歌を贈りました。

その歌は
雄略天皇「三輪山に厳かにそそり立つ樫の木の
その樫の木の元に恐れ多くも貴い樫原乙女」

又次の歌は
雄略天皇「引田の栗の林の中に若い木が生えている
その若い木のように若い頃であったなら一緒に寝たのだろうけれど
今となっては私も老いてそんな元気もない」

「アカイコ」は服が濡れるほどに大泣きし
「雄略天皇」のお歌に答えて歌を歌いました。

アカイコ「三輪の社を取り巻くように造った玉垣
その玉垣を造るために準備した石が余ってしまったかのように
私の身も用無きものかのようにこの歳になってしまいました」

又次に歌った歌は
アカイコ「日下の港に蓮の花が咲いています。
その花の盛りのように今を盛りと遊いでいる乙女達
私にもあんな頃があったと羨ましく思います」

「雄略天皇」は「アカイコ」にみやげ物を持たせ
お国へと帰しました。

この4つの歌は志都歌といいます。

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気比神宮♪

2010 - 11/22 [Mon] - 09:46

「九谷焼」を見たあと
石川をあとにして一路福井県へ♪

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「白山比(しらやまひめ)神社」は加賀の國一之宮
向かうは越前の國一之宮「気比(けひ)神宮」

「気比神宮」の御祭神は
主祭神が「伊奢沙別命(いざさわけのみこと)」
「仲哀天皇(帯中津彦命…たらしなかつひこのみこと)」
「神功皇后(息長帯姫命…おきながたらしひめのみこと)」
「日本武尊(やまとたけるのみこと)」
「応神天皇(誉田別命…ほむだわけのみこと)」
「玉妃命(たまひめのみこと)」
「武内宿禰命(たけうちのすくねのみこと)」

古事記に主祭神が現れた
古事記「気比の大神」(123話)♪
の時代に関わられた神様がお祀りされています。
51
「気比神宮」に着いて一際目をひくのが朱色の鳥居
この「気比神宮大鳥居」は
正保2年(1645年)に建立された両部鳥居
昭和25年に重要文化財に指定され
春日大社・厳島神社の大鳥居に並び「日本三大鳥居」
とされているそうですが
こちらより大きな鳥居は各地にあるわけで…
たぶん「木造」とか、指定の木で作られた鳥居の中では…とか
何かしら前置きがありそうですね。
52
古事記に出てくるように
主祭神の「イザサワケ」は別名を「御食津(みけつ)大神」と称し
「気比(けひ)」は「食(け)」の「霊(ひ)」という意味で
本来は食事・食物を司る神社であったことが分かります。

その昔より、北陸道総鎮守の神社と慕われ
海辺の神社ですのでは航海安全と水産漁業の神様として
また日本海を通じた大陸との交流から
かつては遣唐使帰還に際して安全祈願されたそうです。

現在は社務所建築の真っ最中でした。

次回を「氏子参拝旅行記」の最終回とします♪
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古事記「『アカイコ』との約束」(156話)♪

2010 - 11/21 [Sun] - 06:39

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亦一時天皇遊行到於美和河之時河邊有洗衣童女其容姿甚麗天皇問其童女「汝者誰子」答白「己名謂引田部赤猪子」爾令詔者「汝不嫁夫今將喚」而還坐於宮故其赤猪子仰待天皇之命既經八十歳於是赤猪子以爲望命之間已經多年姿體痩萎更無所恃然非顯待情不忍於悒而令持百取之揮代物參出貢獻然天皇既忘先所命之事問其赤猪子曰「汝者誰老女何由以參來」

またある日「雄略天皇」が三輪の三輪川で遊んでいたとき
その川で洗濯をしてた少女がいました。

その少女の姿が麗しく
「雄略天皇」はその少女に
雄略天皇「そなたは誰じゃね?」と尋ねました。

その少女が答えて言うには
「私の名前は引田部の『アカイコ(赤猪子…あかいこ)』です」
と答えました。

そこで「雄略天皇」は
「お前はわしが妻にするから何処へも嫁に行くではないぞ」
と言いました。

「アカイコ」はその言葉を信じ
「雄略天皇」が嫁に迎えに来てくれるのを待っていましたが
待っても待っても迎えに来ることはなく
とうとう80歳にもなってしまいました。

そこで「アカイコ」は
「雄略天皇」に昔の約束はどうなったのか聞こうとも思いましたが
さすがに80歳になった「アカイコ」は
昔の容姿も面影が消えてしまい
今更…と自分でも思ったので踏みとどまりながら
それでも長いこと「雄略天皇」を待っていたことだけでも
「雄略天皇」に知っていただきたいと思い
沢山の献上品と共に「雄略天皇」の元を訪ねました。

ところが「雄略天皇」は
案の定昔の約束などすっかり忘れており
「アカイコ」に向かって言いました。

雄略天皇「おぬしはどこのお婆さんかね?
なんで私の元を訪ねてこられたのかね?」

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九谷焼♪

2010 - 11/20 [Sat] - 06:25

「九谷焼(くたにやき)」とは、
石川県の金沢市近辺で作られています磁器のことです。

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「白山比(しらやまひめ)神社」を参拝したあと
「九谷焼」のお店「九谷満月」に寄りました。
九谷満月
当旅行はバスの中も旅館での宴会も飲み放題♪
今年もバスの中に積み込んだ6升の日本酒が1日目にして終了
それぞれに買い足して2日目に望んでいましたが(笑
半数くらいはお酒を飲まれない女性がいますので
女性限定でちょっとしたお土産を渡しています。

それが今年は九谷焼の一輪挿しでした。

さて、「九谷焼」とは
「古九谷」と「再興九谷」と現在の「九谷焼」の総称だそうですが
「古九谷」とは
江戸初期、現在の加賀市、当時の九谷村で、
良質の陶石が発見されたのを機に、
当時から焼き物で有名でありました有田へ技能学びに行き
焼き始めたもののことを言いますが、
約50年後に廃止となってしまったそうで
この間に作られた物を「古九谷」と言うのだそうです。

それから約100年後
同じく江戸時代の後期になりますが
当時当地を治めていた加賀藩が窯を再開して作られたのが
「再興九谷」と呼ばれる物だそうです。

そして明治以降から現在に渡り焼かれている物をあわせ
「九谷焼」と言うのだそうです。

「九谷焼」を磁器と呼びますが
せっかくですから(笑)陶器と磁器の違いを調べてみました。

陶器は土で、磁器は砂といった材質の違いなんだそうです。

粘土で作られた陶器は
磁器に比べ低い温度で焼き上げられて
また粘土のために気泡が多く水を吸いますが
高い温度で焼かれた磁器は強度が強く水を吸収しないので
実用性も高く工場での大量生産にも向いているんだとか、
また叩いたときの音は磁器は高く陶器は低いんだそうです。

入店者全員に
「氏子参拝旅行記念」の名入りの湯飲みをいただきました♪
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古事記「21代『雄略天皇』」(155話)♪

2010 - 11/19 [Fri] - 06:19

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大長谷若建命坐長谷朝倉宮治天下也天皇娶大日下王之妹若日下部王无子又娶都夫良意富美之女韓比賣生御子白髮命次妹若帶比賣命二柱故爲白髮太子之御名代定白髮部又定長谷部舍人又定河瀬舍人也此時呉人參渡來其呉人安置於呉原故號其地謂呉原也初大后坐日下之時自日下之直越道幸行河内尓登山上望國内者有上堅魚作舍屋之家天皇令問其家云「其上堅魚作舍者誰家」答白「志幾之大縣主家」爾天皇詔者「奴乎己家似天皇之御舍而造」即遣人令燒其家之時其大縣主懼畏稽首白「奴有者隨奴不覺而過作甚畏故獻能美之御幣物」布緊白犬著鈴而己族名謂腰佩人令取犬繩以獻上故令止其著火即幸行其若日下部王之許賜入其犬令詔「是物者今日得道之奇物故都摩杼比之物」云而賜入也於是若日下部王令奏天皇「背日幸行之事甚恐故己直參上而仕奉」是以還上坐於宮之時行立其山之坂上歌曰久佐加辨能許知能夜麻登多多美許母幣具理能夜麻能許知碁知能夜麻能賀比爾多知耶加由流波毘呂久麻加斯母登爾波伊久美陀氣淤斐須惠幣爾波多斯美陀氣淤斐伊久美陀氣伊久美波泥受多斯美陀氣多斯爾波韋泥受能知母久美泥牟曾能淤母比豆麻阿波禮即令持此歌而返使也

その後「オオハセ」が
長谷に朝倉の宮殿を造って「雄略天皇」として御即位されました。

「雄略天皇」は、
「オオクサ」の妹の「ワカクサ」を妻としましたが
子供はありませんでした。

また「ツブラ」の娘であります
「カラヒメ」を妻としまして産まれたのが
「シラガ(白髮…しらが)」と
「ワカヒメ(若帶比賣…わかたらしひめ)」の2柱です。

この「シラガ」の名を残すために白髪部を定め
長谷部と河瀬という役を定めました。

「雄略天皇」の時代に呉(ご…中国)から人がやってきて
その人達を原に住ませたのでこの地を呉原といいます。

正妻の「ワカクサ」が日下にいた頃
「雄略天皇」が日下を越えて河内に行ったとき
その日下山の上から郷を望んで見下ろすと
天皇の家にしかない鰹木(かつおぎ)が
屋根についている家があるのを見つけ
その家を見て言いました。

雄略天皇「おや?あそこに鰹木が載っている家があるが
あれは誰の家だね?」

家来が答えて言うには
「あれは志幾の大県主(おおあがたぬし)の家でございます」

雄略天皇「なにやつ!
天皇の家を真似て家を造るなどとはけしからん!」
そう言って家来に命令してその家を焼き払おうとしたとき
大県主が飛んできて言いました。

大県主「わたくしめは何も知らずに造ってました。
悪気があったわけではございませんので
貢ぎ物というわけではありませんがお詫びの印として
この物をお納め下さいますよう」

そう言って白い犬に布を着せ鈴を付け
腰佩という人が犬に付けた綱をとり「雄略天皇」に献上しました。

そこで「雄略天皇」は焼き払えといった命令を取り下げ
「ワカクサ」のところへ行ってその犬を差し出し
雄略天皇「この犬は今日
道中で手にした珍しいものですが
結納の品としてお受け取り下さい」と言いました。

そこで「ワカクサ」はこれを受け取り
「雄略天皇」に言うには
ワカクサ「大和の国から河内の国まで来られ
その間お天道様を背に背負っていたのは恐れ多かったことでしょう
私の方から大和の国へお参り申し上げお仕えいたしましょう」

「ワカクサ」がそう言われましたので
「雄略天皇」は帰ることにしましたがその途中
日下山の上に立って歌った歌は
雄略天皇「日下部のこちら側には私が
あちら側には愛しの妻が
今回は会ってきただけで一緒に寝ることはなかったけれど
今度会ったときは一緒に寝よう
我が愛しの妻よ」

そしてすぐにこの歌を遣いの者に持たせ届けさせました。

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白山さん♪

2010 - 11/18 [Thu] - 06:49

加賀の國一之宮「白山比(しらやまひめ)神社」は
全国2700余の「白山神社(白山社)」の御本社で
地元では「白山(しらやま)さん」と親しまれています。

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御祭神は「白山比大神(菊理媛大神)」
「イザナギ大神」・「イザナミ大神」。

白山比神社

白山信仰の中心とされていますが、
霊峰白山を拝む修験者の山岳修行の中心として、
神仏習合時には「白山大権現」「白山妙理権現」、
または「白山妙理菩薩」や「十一面観音」とされていました。

明治時代、神仏分離により「白山比神社」に名を戻し
白山の山頂にある奥宮を目指す登山道の道中には
宿?宗教施設?が整えられたんだそうです。

「富士山」「立山」と並ぶ日本三名山の1つ「白山」、
日本海を航行する船からも、
航海の指標となる海の神として崇められているそうですが、
「山」というのは、私たち生きとし生けるものの源であります
「水」を与えてくれる尊いものであり
そんなことからも「命・生命」の神として崇め祀られてきました。

御祭神の「白山比大神」は「菊理媛大神」と同一神とされ
日本書紀に出てくる神様です。

古事記でも有名なお話し…
「イザナミ」が亡くなり黄泉(よみ)の国まで追いかけていった
「イザナギ」が、「イザナミ」の姿を見て逃げ帰ってくるといった
古事記『黄泉の国』」、
そのお話しの中で古事記には出てきませんが
日本書紀では「菊理媛大神」が
「イザナギ」と「イザナミ」の仲を取り持ったとあります。

そのことから「菊理媛大神」は、
和合の神様・縁結びの神様とされています。

「古事記伝」も終盤にさしかかりましたが
「日本書紀伝」が楽しみになりましたでしょうか♪
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古事記「馬飼い牛飼い」(154話)♪

2010 - 11/17 [Wed] - 06:49

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自茲以後淡海之佐佐紀山君之祖名韓袋白「淡海之久多綿之蚊屋野多在猪鹿其立足者如荻原指擧角者如枯松」此時相率市邊之忍齒王幸行淡海到其野者各異作假宮而宿爾明旦未日出之時忍齒王以平心隨乘御馬到立大長谷王假宮之傍而詔其大長谷王子之御伴人「未寤坐早可白也夜既曙訖可幸狩庭」乃進馬出行爾侍其大長谷王之御所人等白「宇多弖物云王子故應愼亦宜堅御身」即衣中服甲取佩弓矢乘馬出行倏忽之間自馬往雙拔矢射落其忍齒王乃亦切其身入於馬與土等埋於是市邊王之王子等意祁王袁祁王二柱聞此亂而逃去故到山代苅羽井食御粮之時面黥老人來奪其粮爾其二王言「不惜粮然汝者誰人」答曰「我者山代之猪飼也」故逃渡玖須婆之河至針間國入其國人名志自牟之家隱身役於馬飼牛飼也

ある時、近江の国の佐佐紀山氏の祖先で
「カラフク(韓袋…からふくろ)」という者が言いました。

カラフク「近江の国の久多綿の蚊屋野には
鹿や猪などが沢山生存していて
その足はススキの原っぱのススキのように沢山で
その角は林の枯れ枝のように沢山です。」

そこで「オオハセ」は「イチノベ」を従えて
近江の国の蚊屋野へ出掛け
それぞれに御殿を建てて泊まりました。

明くる朝、
まだ日も出てこない内に「イチノベ」はふと目が覚め
馬にまたがり「オオハセ」の御殿へ行き
「オオハセ」のお供の者に言いました。

イチノベ「『オオハセ』さまはまだ寝ておられるのかな?
ならば夜は明けたので早く狩りに出ましょうと言っておくれ」

そう言うと馬を進め狩りに出掛けてしまいました。

そのお供の者は「オオハセ」に言いました。

お供の者「おかしなことを言って
『イチノベ』さまは先に狩りに出掛けましたが
疑ってかかった方が宜しいかと思いますから
武装してお出掛けされた方が良いかと思います」

そこで「オオハセ」は服の下に鎧を着込み
弓と矢を携えて馬に乗り「イチノベ」のあとを追いました。

「オオハセ」はあっという間に「イチノベ」に追いつくと
いきなり弓と矢を取り「イチノベ」を射殺し切り捨て
土の中に埋めてしまいました。

殺された「イチノベ」の二人の子供
「オオケ(意祁…おおけ)」と「オケ(袁祁…おけ)」は
自分の身にも危険を感じ取り逃げました。

やがて山代の国の苅羽井というところまで逃げ
一息ついて食事をしていると
顔面に刺青をした1人の老人が来て
その食事を横取りしました。

「オオケ」と「オケ」はその老人に
「食事など惜しくはないが
おぬしは何者だ!」と尋ねました。

その老人が答えて言うには
「わしは山代の国で猪を飼っている猪飼である」と言いました。

2人は更に逃げ
玖須婆の川を渡り播磨の国へ入ると
志自牟という人の家で馬飼牛飼として身を隠しました。

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白山比神社♪

2010 - 11/16 [Tue] - 06:57

宿を朝8時に出発、
宿では朝市が開催されており
すでにお土産を買い込んだ人も(笑♪

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宿から4~50分で「白山比(しらやまひめ)神社」
当ブログコメンテーターの「ようこさん」がお母様と合流
正参道から私たち3号車に同行していただきました。

正参道からは階段というか少し急な坂道ですが
昨夜しっかり休息をとれたのか歩くのがみんな早い早い…
40
御社殿の前で集合写真を撮り
参集殿へ通されました。
42
ここ「白山比神社」では
バス8台、ようこさん達を含め323名が一堂に会しますが
バス毎に写真を撮って靴を脱いで…と時間がばらばらですので
参集殿の大広間で職員(神職さん)がお話しをしてくれました。
41
数年前まで諏訪大社の職員だったT君
(お世話になりました♪)
白山比神社の奥宮(白山の山頂)からの景色のお話しなど
白山に登った人しか分からない興味深いお話しをいただきました。

参集殿より拝殿に通され(途中で手水)正式参拝
一番最初に参集殿に入った我が3号車は
広い拝殿の一番奥に通され
終わったあとも一番待たされましたが
「一番長く拝殿、御神前にいることが出来て御利益倍増」
とバスの中でお話しをさせていただきましたら
「ものは言いようだね」と喜んで下さいました。
20101105093407.jpg
正式参拝では
巫女さんが舞を舞っていただき
最後に「白山比神社」の宮司さんが
神社の由緒などをお話しして下さいました。

ここ石川県っていう県は
どこにあるか忘れられがちでありますが
皆さん左手を出して指を揃えて下さい!
親指を立てて少し曲げて下さい!
43
それが能登半島です!

と言って笑わせて下さり金沢の場所を教えて下さいました♪

「白山比神社」の説明は次回♪
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古事記「『マヨワ』を匿った『ツブラ』」(153話)♪

2010 - 11/15 [Mon] - 06:58

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爾大長谷王子當時童男即聞此事以慷愾忿怒乃到其兄黒日子王之許曰「人取天皇爲那何」然其黒日子王不驚而有怠緩之心於是大長谷王詈其兄言「一爲天皇一爲兄弟何無恃心聞殺其兄不驚而怠乎」即握其衿控出拔刀打殺亦到其兄白日子王而告状如前緩亦如黒日子王即握其衿以引率來到小治田堀穴而隨立埋者至埋腰時兩目走拔而死亦興軍圍都夫良意美之家尓興軍待戰射出之矢如葦來散於是大長谷王以矛爲杖臨其内詔「我所相言之孃子者若有此家乎」爾都夫良意美聞此詔命自參出解所佩兵而八度拜白者「先日所問賜之女子訶良比賣者侍亦副五處之屯宅以獻然其正身所以不參向者自往古至今時聞臣連隱於王宮未聞王子隱於臣家是以思賎奴意富美者雖竭力戰更無可勝然恃己入坐于隨家之王子者死而不棄」如此白而亦取其兵還入以戰尓力窮矢盡白其王子「僕者手悉傷矢亦盡今不得戰如何」其王子答詔「然者更無可爲今殺吾」故以刀刺殺其王子乃切己頚以死也

「安康天皇」の弟の「オオハセ」は
「安康天皇」の死を聞き大変お怒りになりましたが
まだこの時「オオハセ」は少年でしたので
兄上の「クロヒコ」の元へ行って言いました。

オオハセ「『安康天皇』が殺されました。
いかが致しましょうか!」

しかし「クロヒコ」は驚いた素振りすら見せず
それがどうしたとでも言わんばかりの態度でしたので
ますます怒った「オオハセ」は兄に言いました。

オオハセ「兄上!私たちの兄弟が
しかも『天皇』が人の手によって殺されたのですよ!
何をそんな呑気にしているのですか!」

そう言ったかと思うとすぐに
「クロヒコ」の襟元を掴んで腰に差していた刀を抜いて
殺してしまいました。

そしてもう1人の兄上「ヤツウリ」の元へ行き
同じように尋ねましたが
これまた「クロヒコ」の反応と同じで
びっくりした素振りも見せずに呑気に構えていたので
頭に来た「オオハセ」は
「ヤツウリ」の襟元を掴んで小治田まで引きずっていき
穴を掘って生き埋めにして殺してしまいました。

そこで「オオハセ」は
軍隊を引き連れて「ツブラ」の家に押し寄せました。

しかし「ツブラ」も軍隊で家を囲み待ち構え
攻め入る「オオハセ」に応戦しました。

「オオハセ」が家の中に向かって言いました。

オオハセ「わしの許嫁(いいなづけ)は家の中にいるのか!」

この問いに対し「ツブラ」が門の外に出てきて
8回深々とお辞儀をして言うには
ツブラ「前にお約束しましたように
私の娘『カラヒメ(訶良比賣…からひめ)』は
お約束通りにあなたさまに差し上げましょう。
しかしながら…
私はここで降参して『はいどうぞ』というわけにはいきません。
と言いますのは、
「マヨワ」さまほどのお家柄のお方が
私ども家来の家に逃げてこられるなど滅多にないこと
私がどんなに抵抗しようとも
「オオハセ」さまに勝つことは出来ないと思いますが
「マヨワ」さまの手前
戦わないわけにはいかないのです」

そう言うと家の中に入っていき
再び武器をとって戦い始めました。

しかしながら次第に力は尽き
「ツブラ」が「マヨワ」に言いました。

ツブラ「私はもう力が尽き戦う術もありません。
『マヨワ』さまを力の限りお守りいたしましたが
もうどうにもなりませんが、私はどうしたらよいのでしょうか?」

「マヨワ」は言いました。

マヨワ「仕方がない…もうこれまでじゃ。私を殺してください」

「ツブラ」は持っていた刀で「マヨワ」を刺し殺し
そのまま自らの首を切って死んでしまいました。

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あポロ♪

2010 - 11/14 [Sun] - 23:14

早いもので、あれから1ヶ月が過ぎようとしています。

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その間に「3冠達成」本当におめでとうございます♪
あぽろ0
今日はその慰労会、
というか反省会でもないような
お疲れさま会といったところでしょうか。
あぽろ1
駒ヶ根で鯉の旨煮…といったらここでしょう♪
あぽろ2
いやはや大きな鯉の旨煮を堪能
これがまた「鶴」に合うのなんの…

3冠達成のお話し♪

続・3冠達成のお話し♪

もう、酒造りは始まっています。
来年はどんな美味しいお酒を飲ませていただけるのでしょうか?

お蔵入りの前に、一緒に飲めて嬉しかったです♪
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山代温泉♪

2010 - 11/14 [Sun] - 06:06

私たちが泊まったのは「山代温泉・ゆのくに天祥」

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「山中温泉」と分宿しまして
当旅行の基本はバス毎の宴会
前回、あれは10年前になりますが
同じホテルに宿泊をしたときは
当旅行最後の大宴会
あの年は256人の参加者で1つの宴会場
カラオケは回ってこないは
末席からはステージがもやって見えないは(苦笑
それ以来、極力バス毎の宴会を前提に宿を決めています。

と、そんなことはさておき、
この「山代温泉」は、
和倉、山中、片山津と並ぶ県下有数の温泉です。

その昔…といっても10年くらいだとは思いますが
「山代温泉」と言えば歓楽温泉地の代名詞だった頃があり
今ではそんな面影、欠片もなくファミリー向けにイメージチェンジ
昔と違ったブランド化を目指しています。

泉質はナトリウム・カルシウム・硫酸塩泉・塩化物泉
ナトリウム・カルシウム・硫酸塩泉とアルカリ性単純温泉
硫酸塩泉系と単純温泉系の2種類の泉質の源泉が存在し
当ホテルにもいくつものお風呂があり
女性風呂と男性風呂を入れ替えることにより
いろんなお風呂を楽しむことが出来ました。
31
温泉のマーク
この3本の湯気が立っていますが
これは「温泉に3回入ると良い」ということを意味している…
とはバスガイドさんからその都度聞く言葉です。

その言葉通り最低3回は楽しめるホテルでした。

お酒を飲んでお風呂に浸かるのはやめましょう♪
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古事記「20代『安康天皇』」(152話)♪

2010 - 11/13 [Sat] - 06:17

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御子穴穗御子坐石上之穴穗宮治天下也天皇爲伊呂弟大長谷王子而坂本臣等之祖根臣遣大日下王之許令詔者「汝命之妹若日下王欲婚大長谷王子故可貢」爾大日下王四拜白之「若疑有如此大命故不出外以置也是恐隨大命奉進」然言以白事其思无禮即爲其妹之禮物令持押木之玉縵而貢獻根臣即盜取其禮物之玉縵讒大日下王曰「大日下王者不受勅命曰『己妹乎爲等族之下席』而取横刀之手上而怒歟」故天皇大怒殺大日下王而取持來其王之嫡妻長田大郎女爲皇后自此以後天皇坐神牀而晝寢爾語其后曰「汝有所思乎」答曰「被天皇之敦澤何有所思」於是其大后先子目弱王是年七歳是王當于其時而遊其殿下爾天皇不知其少王遊殿下以詔「吾恆有所思何者汝之子目弱王成人之時知吾殺其父王者還爲有耶心乎」於是所遊其殿下目弱王聞取此言便竊伺天皇之御寢取其傍大刀乃打斬其天皇之頚逃入都夫良意富美之家也天皇御年伍拾陸歳御陵在菅原之伏見岡也

その後「アナホ」が
石上に穴穂の宮殿を造って「安康天皇」として御即位されました。

「安康天皇」は、
弟の「オオハセ」のために
坂本氏の祖先であります根氏を呼び寄せて
「オオクサ」の元に使いに出して言いました。

安康天皇「おぬしの妹の『ワカクサ』を
わしの弟の『オオハセ』の妻に迎えたいと思うがいかがか」

これを聞いた「オオクサ」は
4度深く礼をして、こう答えました。

オオクサ「有り難きお言葉、
いつかこんなご大命が有ろうかと思い
『ワカクサ』は外へも出さずに大事に育てて参りました。
そのご大命の通り喜んで『オオハセ』さまに差し上げましょう」

しかし、言葉だけでお返事申し上げるのも失礼かと思い
押木の髪飾りを妹の御礼(結納品)として根氏に持たせました。

ところがこの根氏、
その押木の髪飾りを盗み自分の物にしてしまった上に
「オオクサ」の言葉を曲げて嘘の言葉を伝えました。

根氏「『オオクサ』はとんでもない奴であります。
『そんな命令が聞けるか!同族であるのに
身分が下のように命令しやがって!』と
太刀を手に取って突き上げるようにして怒っていました」と。

それを聞いた「安康天皇」はひどくお怒りになり
「オオクサ」を殺しておしまいになり
「オオクサ」の妻の「ナガタメ」を正妻に迎えました。

あるとき、
「安康天皇」がお昼寝をしていたときのこと、
「安康天皇」は「ナガタメ」に言いました。

安康天皇「そちは何か思うところがあるのかい?」

「ナガタメ」が答えて言うには、
ナガタメ「こんなに『安康天皇』さまに良くしていただいて
これ以上何を思うところがあるものでしょう」

そんな会話をしていたとき
「ナガタメ」と前の夫であります「オオクサ」との子供で
7歳になる「マヨワ(目弱…まよわ)」が
その側で遊んでいました。

しかし「安康天皇」は
「マヨワ」が近くで遊んでいるなどとは露知らず
安康天皇「私は常に気になっていることがある。
それは、お前の子「マヨワ」のことだが、
「マヨワ」が成人をしたときに
「マヨワ」の父親を殺したのが私だと知ったら
復讐として私に邪心を持つのではないかと心配で心配で」
と言いました。

この言葉をすっかり聞いてしまった「マヨワ」は
「安康天皇」が深い眠りにつくのを待って
その傍らに置いてあった太刀を手に取り
「安康天皇」の首をバッサリと斬り殺してしまい
「ツブラ(都夫良意富美…つぶらおおみ)」
の家へ逃げ込みました。

「安康天皇」が殺された年は56歳
そのお墓は伏見の岡にあります。

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尾山神社♪

2010 - 11/12 [Fri] - 06:05

「兼六園」を散策し
昼食をとった「兼見御亭」へ戻りバスに乗車
5分ほどで「尾山神社」に到着しましたが残念ながら駐車場が…
そこで路上で降ろしてもらい参拝しました。

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正面に一際目につく神門(しんもん)は
国指定の重要文化財。
22
一見、神社の門には到底見えませんが
こちらはオランダ人のホルトマンという人の設計とか(納得
てっぺんには日本初の避雷針を備え
特徴は3階(3層?)のギヤマン張り
(ギヤマン…ダイヤモンドをあしらったガラス細工)
その昔はここに火を灯し
日本海を航海する船の目標となったんだそうです。
21
主祭神は「前田利家公」加賀藩の藩祖
加賀藩といえば江戸時代に
加賀、能登、越中の3国(119万石)を領地とした藩
その初代藩主、前田家の祖であります。

ということで創建は比較的新しいわけでありますが
加賀100万石の初代藩主
今の金沢は「前田利家公」があってこそ
その「前田利家公」の奥方であります「お松の方」も祀られ
NHK大河ドラマ「利家とまつ」を記念して建てられた?
「お松の方」を刻んだ石碑もありました。

今度は御社殿の裏側へバスを回してもらい乗車、
一路ホテルへと向かいました。

渋滞もなくスムーズに時間より早くチェックイン出来ました♪
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古事記「禁忌のなれの果て」(151話)♪

2010 - 11/11 [Thu] - 06:38

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故歌曰意富麻幣袁麻幣須久泥賀加那斗加宜加久余理許泥阿米多知夜米牟爾其大前小前宿禰擧手打膝舞訶那傳歌參來其歌曰美夜比登能阿由比能古須受淤知爾岐登美夜比登登余牟佐斗毘登母由米此歌者宮人振也如此歌參歸白之我天皇之御子於伊呂兄王無及兵若及兵者必人咲僕捕以貢進爾解兵退坐故大前小前宿禰捕其輕太子率參出以貢進其太子被捕歌曰阿麻陀牟加流乃袁登賣伊多那加婆比登斯理奴倍志波佐能夜麻能波斗能斯多那岐爾那久又歌曰阿麻陀牟加流袁登賣志多多爾母余理泥弖登富禮加流袁登賣杼母故其輕太子者流於伊余湯也亦將流之時歌曰阿麻登夫登理母都加比曾多豆賀泥能岐許延牟登岐波和賀那斗波佐泥此三歌者天田振也又歌曰意富岐美袁斯麻爾波夫良婆布那阿麻理伊賀幣理許牟叙和賀多多彌由米許登袁許曾多多美登伊波米和賀都麻波由米此歌者夷振之片下也其衣通王獻歌其歌曰那都久佐能阿比泥能波麻能加岐加比爾阿斯布麻須那阿加斯弖杼富禮故後亦不堪戀慕而追往時歌曰岐美賀由岐氣那賀久那理奴夜麻多豆能牟加閇袁由加牟麻都爾波麻多士故追到之時待懷而歌曰許母理久能波都世能夜麻能意富袁爾波波多波理陀弖佐袁袁爾波波多波理陀弖意富袁爾斯那加佐陀賣流淤母比豆麻阿波禮都久由美能許夜流許夜理母阿豆佐由美多弖理多弖理母能知母登理美流意母比豆麻阿波禮又歌曰許母理久能波都勢能賀波能加美都勢爾伊久比袁宇知斯毛都勢爾麻久比袁宇知伊久比爾波加賀美袁加氣麻久比爾波麻多麻袁加氣麻多麻那須阿賀母布伊毛加賀美那須阿賀母布都麻阿理登伊波婆許曾余伊幣爾母由加米久爾袁母斯怒波米如此歌即共自死故此二歌者讀歌也

大雨が降ってきたときに歌った歌は
アナホ「『オオマエ』の家には立派な門がある
この門の屋根の下で雨宿りをしよう。
雨宿りをしている内に雨もやむだろうよ」

「アナホ」たちが門の所にいることを知った「オオマエ」は
手や膝を打って面白可笑しく踊りながら出てきて歌を歌いました。

オオマエ「宮殿に仕えている人達が
噂話を面白可笑しく広めているが
そんな噂に惑わされてはいけません」

この歌を宮人振といいます。

こう歌いながら「オオマエ」は「アナホ」に言いました。

オオマエ「『アナホ』さま、あなたさまは天皇になられるお方、
お兄さまに対して武器を使うなんてことをしたら
世間に笑われてしまいますから
ここはひとつ私めに任せてはいただけませんでしょうか?
必ずや「キナシ」を捕らえてきて差し出しましょう」

そこで「アナホ」は「オオマエ」を信じて待つことにしました。

そして約束通り「オオマエ」は「キナシ」を捕まえてきましたが
その時に「キナシ」が読んだ歌は
キナシ「空を飛ぶ鳥のような『カルメ』よ
そんなに私を呼んで鳴いたら
知らない人まで二人の仲に気付いてしまうではないか
私は鳩のように心の中で泣いているのに」

また次の歌は
キナシ「空を飛ぶ鳥のような『カルメ』よ
明日にでも寄り添って寝たいものよ『カルメ』よ」

「キナシ」は伊予(愛媛)に島流しとなり
その時に歌った歌は
キナシ「空を飛ぶ鳥も私の使いである。
私がどこにいるかはその空を飛ぶ鳥に聞いておくれ」

この3首の歌は天田振といいます。

また次に歌った歌は
キナシ「天皇になる私を島流しにするなどけしからん
流した船で帰ってみせよう
その間も私の座っていた畳は大事にせよ
畳と言っても私の妻のことである。
妻を大事にしておくれ」

この歌は夷振の片下ろしです。

次に「カルメ」が歌ったその歌は
カルメ「阿比泥の浜は
蠣の貝殻がゴロゴロしていると聞いたことがあります
どうか貝殻を糞で怪我などなさらぬようお気を付け下さい」

そう歌ったものの兄の「キナシ」のことを忘れられず
追いかけていったときに歌った歌は
カルメ「あなたさまが行ってしまわれてから
何日も経ちましたがいてもたってもいられませぬ
これからお迎えに参ります
待ってなんかいられませぬ」

「カルメ」が追ってくる間
故郷を懐かしんで歌った歌は
キナシ「初瀬の山の山奥で
二人の仲を確かめ我が愛しの妻よ
誰がなんと言おうと愛してしまったのはお前
いつになっても後悔なんかしていない愛しの妻よ」

又次の歌は
キナシ「山奥の初瀬の川の川上を忌み清め
川下には杭を打ち鏡を掛け
もう一本の杭には勾玉を掛け願をかけたが
二人は兄弟、妹は妹で妻にすることは出来ないのか
どんなに愛していようとも家よりも国よりも」

このように歌って2人は自ら命を絶ちました。

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兼六園♪

2010 - 11/10 [Wed] - 06:48

「白川郷」を散策した一行は一路金沢へ
兼六園脇にあります「兼見御亭(けんけんおちん)」で昼食をとり
徒歩で「兼六園」へ向かいました。

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ポツポツと気持ち頭に当たるかな~といった雨も
知らない間にやんでいました。

「兼六園」は、
65歳以上が入園無料…ということで
免許証か保険証を手に入園♪
11
バス毎に「兼六園」専門のガイドさんが案内に付いてくれました。
12
北陸の雪は重く枝が折れてしまうのでその対処
冬の風物詩でもあります「雪吊り」の作業が始まっていました。
13
「兼六園」広さが約3万坪、
国の特別名勝に指定されています。
14
日本三名園の1つであり
あとの2つは岡山市の後楽園と
水戸市の偕楽園です。
15
少し行くと「日本武尊像」があり、
その左に石川県戦士尽忠碑を据える明治紀念之標がありますが、
これらは西南戦争で戦死した郷土軍人の霊を慰めるものだそうで
日本最古の銅像です。
16
「兼六園」は江戸時代の代表的な大名庭園として、
加賀の歴代藩主により、
長い歳月をかけて形づくられてきました。
17
冬の風物詩「雪吊り」もそうですが、
下見のときはその季節なりに
四季折々の美しさを楽しめる庭園です。

石川県民の方は、土日の入園無料だそうです♪
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古事記「『キナシ』と『アナホ』」(150話)♪

2010 - 11/09 [Tue] - 06:30

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天皇崩之後定木梨之輕太子所知日繼未即位之間奸其伊呂妹輕大郎女而歌曰阿志比紀能夜麻陀袁豆久理夜麻陀加美斯多備袁和志勢志多杼比爾和賀登布伊毛袁斯多那岐爾和賀那久都麻袁許存許曾婆夜須久波陀布禮此者志良宜歌也又歌曰 佐佐波爾宇都夜阿良禮能多志陀志爾韋泥弖牟能知波比登波加由登母宇流波斯登佐泥斯佐泥弖婆加理許母能美陀禮婆美陀禮佐泥斯佐泥弖婆此者夷振之上歌也是以百官及天下人等背輕太子而歸穴穗御子尓輕太子畏而逃入大前小前宿禰大臣之家而備作兵器【爾時所作矢者銅其箭之内故号其矢謂輕箭也】穴穗王子亦作兵器【此王子所作之矢者即今時之矢者也是謂穴穗箭也】於是穴穗御子興軍圍大前小前宿禰之家爾到其門時零大氷雨

「允恭天皇」がお亡くなりになったあと
「キナシ」が次の天皇として御即位することになっていましたが
忌に服している間に妹の「カルメ」に会って歌を詠みました。

キナシ「山の中に田んぼを作り低いところは埋め立てて
高いところは掘ってならして水をひく
水は高いところから自然と低いところに流れる
同じように私の心はお前に引かれている
しかし私には妻がいる
私の心を知っているかのように妻は泣いている
私は妻を安心させるよう妻を抱く」

この歌を「志良宜歌」といいます。

キナシ「笹の葉に霰(あられ)が降って葉が波打つように
私の心は荒ぶれて妻と寝ていても離れるばかり
いけないと思っていても私の心は…
2人の心が乱れて離れてしまおうとも」

この歌を「夷振上歌」といいます。

「キナシ」が妹の「カルメ」に
好意を抱いていることを知った家来たちは
「キナシ」に仕えていることが嫌になり
「キナシ」の弟の「アナホ」を慕うようになりました。

「キナシ」はそれが面白くなく
大臣の「オオマエ(大前小前宿禰…おおまえおまえのすくね)」
の家に逃げ入ると「アナホ」と戦うために
武器を揃え準備しました。
(この時に作った矢は矢先を銅で作り軽箭といいます。)

対する「アナホ」も武器を作って備えました。
(「アナホ」が作った矢は矢先を今作られているものと同じ作りで
これを穴穂箭といいます。)

「アナホ」が軍隊を引き連れて「オオマエ」の邸宅を訪れたとき
大雨が降ってきました。

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白川郷♪

2010 - 11/08 [Mon] - 10:20

今旅行の最初の訪問地「白川郷」は
岐阜県の白川村にあり
今から15年前に世界遺産に登録されました。

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世界遺産とは、
1972年のユネスコ総会で採択された
「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」
(世界遺産条約)に基づいて、
世界遺産リストに登録された遺跡や景観そして自然など、
人類が共有すべき「顕著な普遍的価値」をもつ不動産を指す。
(wikipediaより)

01
「白川郷」とは、
荻町、五箇山の相倉・菅沼の3集落、庄川流域の呼称で
白川郷一帯は日本有数の豪雪地帯だということで、
完全な紅葉には少し早かったのですが
この時期の旅行となりました。
02
駐車場から白川郷への入口「出会い橋」という吊り橋からの景色
上の方はしっかり色付いてきていました。
03
茅葺きの大屋根の家々が集まる集落です。
05
これを維持していくのは並大抵のことではないことが分かります。
04
茅葺きの葺き替えは20年から30年に一度ということで
この集落には、互いに助け合って各家々の葺き替えを手伝う
「結(ゆい)」という制度があったそうです。
06
豪雪地帯ということで
これらの家々に雪が積もった姿は
又荘厳でしょうから見てみたいですけれど
雪深くて一度渋滞にでもなったら大変…なんだそうです。

ところで、
日本で初めて世界遺産に登録されたのは何だかわかりますか?
「白鷺城」の名で有名な「姫路城」だそうです。

松本城・彦根城・犬山城・姫路城の国宝4城を
まとめて世界遺産に…という動きもあるようです♪
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古事記「19代『允恭天皇』」(149話)♪

2010 - 11/07 [Sun] - 08:30

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弟男淺津間若子宿禰王坐遠飛鳥宮治天下也此天皇娶意富本杼王之妹忍坂之大中津比賣命生御子木梨之輕王次長田大郎女次境之黒日子王次穴穗命次輕大郎女亦名衣通郎女【御名所以負衣通王者其身之光自衣通出也】次八瓜之白日子王次大長谷命次橘大郎女次酒見郎女凡天皇之御子等九柱【男王五女王四】此九王之中穴穗命者治天下也次大長谷命治天下也天皇初爲將所知天津日繼之時天皇辭而詔之我者有一長病不得所知日繼然大后始而諸卿等因堅奏而乃治天下此時新良國主貢進御調八十一搜尓御調之大使名云金波鎭漢紀武此人深知藥方故治差帝皇之御病於是天皇愁天下氏氏名名人等之氏姓忤過而於味白梼之言八十禍津日前居玖訶瓮而定賜天下之八十友緒氏姓也又爲木梨之輕太子御名代定輕部爲大后御名代定刑部爲大后之弟田井中比賣御名代定河部也天皇御年漆拾捌歳御陵在河内之惠賀長枝也

「履中天皇」の弟の「オアサ」は遠飛鳥に宮殿を造り
「允恭(いんぎょう)天皇」として御即位されました。

「允恭天皇」は、
「オオオド」の妹の「オサカメ」を妻として産まれた子供は
「キナシ(木梨之輕…きなしのかる)」と
「ナガタメ(長田大郎女…ながたのおおいらつめ)」と
「サカクロ(境之黒日子…さかいのくろひこ)」と
「アナホ(穴穗…あなほ)」と
「カルメ(輕大郎女…かるのおおいらつめ)」又の名を
「ソトオシメ(衣通郎女…そとおしのいらつめ)」と言います。
(この「ソトオシメ」と言うのは
「ソトオシメ」の体が白く光っていて
その光が衣を通して外まで光って見えたからです。)

次に「ヤツウリ(八瓜之白日子…やつうりのしろひこ)」と
「オオハセ(大長谷…おおはせ)」と
「タチバナメ(橘大郎女…たちばなのおおいらつめ)」と
「サカミメ(酒見郎女…さかみめ)」です。

この「允恭天皇」には
子供が9人(男5人女4人)いて、この9人の内
「アナホ」と「オオハセ」が後に天皇となられました。

「允恭天皇」は、
自分が天皇を継ぐ段になっても
允恭天皇「私は長いこと病にかかっており
体が弱いので天皇を継ぐことは出来ません」
と言って天皇を継ごうとはしませんでした。

しかし大后「オサカメ」を始め
「允恭天皇」に仕える家来たちが
「允恭天皇」が天皇になり天下を治めるべきである…と言い
「允恭天皇」は天皇に御即位されました。

この時、新羅の国の国王が
81艘の船に貢ぎ物を載せて天皇に献上しました。

この貢ぎ物を司っていたのが
「コムキム(金波鎭漢紀武…こむはちむかむきむ)」といい
「コムキム」は薬の達人で天皇の病気を治す薬を調合し
病気を治して差し上げました。

「允恭天皇」は、
世の中で氏や名を名乗る人達が
自分の名を偽って名乗ることを危惧して
誤った使い方をしたものに罰を与える
「コトマガ(言八十禍津日…ことやそまがつひ)」を祀り
過ちの無いようその前で世の中の様々な氏や姓や名を定めました。

また「キナシ」の名を残すために軽部を定め
「オサカメ」の名を残すために刑部を定め
「オサカメ」の妹の
「タイヒメ(田井中比賣…たいのなかつひめ)」の名を残すために
河部を定めました。

「允恭天皇」は78歳でお亡くなりになり
お墓は河内の恵賀の長枝にあります。

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無事帰って参りました♪

2010 - 11/06 [Sat] - 06:52

昨日、予定通りの時間(午後6時)に帰駒致しました。

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今旅行参加者321名、
無事上伊那各地へ帰ってくることが出来ました。

詳細は改めてご報告させていただきますが、
概要のご報告を。

駒ヶ根を出発時、
素晴らしいお天気、
予報も晴れマーク1つ、長野は…

というのも雨が多いことで有名な北陸は
両日共に雨の確率50%
白川郷のある岐阜県は晴れ予報
陽射しが暑いくらいの天候で
白川郷の散策をすることが出来ました。
20101104100622.jpg
昼食会場の兼六園に到着
昼食をとって歩いて兼六園に移動
パラパラと細かい雨が降ってきましたが
傘を差すほどではなく
知らない間にやんでいました。
20101104125615.jpg
バスで尾山神社に移動して参拝後
予定より1時間ほど早くホテルにチェックイン♪

宴会は大盛り上がり
山代温泉に浸かって体を癒し
朝の8時に旅館を出発
一路「白山比神社」に向かいました。

白山比神社では当ブログコメンテーターの
「ようこさん」がお母さんと一緒に合流し昇殿
大きな拝殿にゆったり323名が一度に正式参拝。
20101105093407.jpg
石川県の名産「九谷焼」のお店によって
今度は福井県へ移動し昼食をとり
越前の國一之宮「気比神宮」を参拝
20101105143813.jpg
「気比神宮」は行程にはありませんでしたが
予定外の参拝をしたにもかかわらず
予定通りに駒ヶ根に帰ってくることが出来た
とても優秀な?スムーズな旅行でした。

別れ際には来年の旅行先を発表
といっても栞には書いてあったのですが
細かくお話ししたところ
最後に別れ際に「来年も宜しく」という声も聞かれ
嬉しくなりました♪

これまた改めてお話しさせていただきますね。

取り急ぎ、無事帰ってきたよ報告でした♪
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気比神宮なう♪

2010 - 11/05 [Fri] - 14:34


バスの中にいるときは大雨でしたが
今は晴天!

女心と北陸の空?♪
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白山さんなう♪

2010 - 11/05 [Fri] - 09:31


今朝まで雨が降っていたようですが
今はやんでいます。

これから正式参拝です♪

石川のコメンテーター「ようこさん」と合流♪
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尾山神社なう♪

2010 - 11/04 [Thu] - 14:05


晴れてきました!

ご祭神は前田利家公です♪
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プロフィール

isuzuguuji

Author:isuzuguuji
長野県の南に位置する駒ヶ根市
上穂・北割1区2区・中割・南割
5区の氏神様「大宮五十鈴神社」

祭神は「天照大御神様」(伊勢)
「熱田大神様」(熱田)
「建御名方大神様」(諏訪)始め
13柱の神様が、明治に合祀。

9月23日・24日は当社例祭
中でも、宵祭(23日)に行う
「三国花火」が有名

ブログ執筆は宮司 白鳥俊明

~~~~~コメント~~~~~

「社務日誌」とありますが、神社
のことだけではなく、日々の
想いをブログに綴っています。

座右の銘
「人生は心ひとつの置きどころ」

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