日本人の心の故郷(ふるさと)神社「神道」に触れてみませんか (*^_^*)v

  五十鈴神社『宮司の社務日誌』のナビゲーター   トップページ > 2013年02月  

御本殿♪

2013 - 02/28 [Thu] - 06:21

大宮五十鈴神社参拝シリーズ(最終話)

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今回は「御本殿(ごほんでん)」のお話しです。

「鳥居(とりい)」をくぐり、
正面に五十鈴川(通称)の流れを見ながら
その畔の「手水舎(てみずしゃ)」手水をとり
すぐ北側に建っている「敬神生活の綱領掲示板」を見て
その脇の階段を上がると正面に「社務所」があり
参道の中程から左に折れると両側に「狛犬」があり
左右の狛犬の間を抜け階段を上がり「二之鳥居」をくぐり
更に階段を上がって左を見ると突き当たりに「土蔵」があり
その右奥に「弓道場」があり
その手前に「御神木」が立っていて
その反対側の突き当たりには「神楽殿」があり
「神楽殿」の東側に「奉納書画掲示板」があり
その反対側に「古神符納め所」があり
その左横に「末社殿」があり
その左横、神社の中心に「拝殿」が建っていて
その奥に「御本殿」が建っています。
御本殿
「拝殿」の奥に建っていますので
通常は入れない場所にあり
なかなか目にした方は少ないのではないかと思います。

上の写真も、
平成17年に「拝殿」を立て替えた際
旧「拝殿」を取り壊した時に撮った写真です。

「御本殿」とは、
神様がお鎮まりになっているところ、その建物のことです。

大宮五十鈴神社建造物シリーズも最後になります。

当神社の創立は、応神天皇39年といわれていますが
応神天皇39年とは、西暦に直しますと308年、
今から1700年以上も昔になります。

そして明治の御代、
神社合祀(ごうし)政策の元に当地でも合祀がすすめられ、
明治40年41年の2年にわたり
旧上穂村の8つの神社(いわゆる上穂八社…うわぶはっしゃ)が
当大宮五十鈴神社(当時の伊鈴社)に合祀されました。

明治41年、西暦に直しますと1908年、
西暦と合祀が同じ08年ですので、2008年には
創立1700年と合祀100年の祭典を行いました。

合祀にあわせ、
明治44年本殿建築工事の地鎮祭(じちんさい)が行われ、
翌年大正元年に竣工したとありますから、
現在の「御本殿」は100年以上が経っていることになります。

本殿彫刻

この「御本殿」は、大隅流の大工さんが建築され
龍や獏の立派な彫刻が施されています。

合祀された際に、8つの神社を合祀しましたので
13柱(神様の数え方)の神様がお祀りされています。

①伊鈴社 天照大御神(あまてらすおおみかみ)
     熱田(あつた)大神
     建御名方(たけみなかた)大神
②白山社 伊弉冉(いざなみ)大神
     菊理姫(くくりひめ)大神
③春日社 天之児屋根(あめのこやね)大神
     建御名方大神
     誉田別(ほむだわけ)大神
④八幡社 誉田別大神
     大鷦鷯(おおささぎ)大神
⑤伊勢宮 天照大御神
⑥八剱社 草薙剣(くさなぎのつるぎ)
⑦白髭社 猿田彦(さるたひこ)大神
     迦具土(かぐつち)大神
⑧日枝社 天照大御神
     大山咋(おおやまくい)大神
     大物主(おおものぬし)大神

合祀された後に分祀された十日稲荷神社の
豊受姫(とようけひめ)大神もお祀りしています。

神様につきましては、
「末社殿」にお祀りされている神様とあわせ、
改めてシリーズにして引き続きお話しさせていただきますが、
合祀された神社の中で
「伊鈴社」の次に古いのが「春日社」です。

創立は767年、
奈良の春日大社の1年前といわれており、
鹿島神宮から春日大社に神様をお遷しする際に
その御分霊が駒ヶ根のこの地を通られた…という社伝があり、
こちらも興味深い史実が伝えられています。

御本殿2

こちらは、拝殿を新築した平成17年のお正月
旧拝殿が取り壊され「御本殿」がポッコリと浮かび上がり
数百年に1度の幻想的なお正月でした。
御本殿3
「御本殿」の前のシャベルカーやテントと比べてみてください。

「御本殿」の大きさがよく分かりますよね♪
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取壊清祓式♪

2013 - 02/27 [Wed] - 06:20

人生儀礼番外編
建築のお祭りシリーズ(6)♪
今日は、家などの建物を取り壊す際のお祓いのお話です。

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更地など、新しい造成地に家を建てる場合は
すぐに「地鎮祭」となりますが、
昔住んでいた家を壊して建て替える場合などは
この「取壊清祓式」を行います。
取壊清祓4
入居の際のお祓いもそうですが、
水回り(トイレ・風呂・台所)を入念にお祓いします。

取り壊すほどに古くなった家ですから、
もう何十年とその家でお暮らしになったのだと思います。

雨に風に寒さや暑さより家族を守り
食事をしたり子供を育てたりと思い出のたくさん詰まった家屋
家の神様やご先祖様に感謝をして
「これから取り壊しますよ」といった報告をし
工事の神様に工事の安全をお祈りします。

家だけではありません。
蔵取壊1
家の宝を長いこと守ってくれた「蔵」など
蔵取壊3
きっと明治の頃の建設でしょうか…
自分の会ったこともないご先祖様が建てたもの
感謝を込めて神事を行います。
工場取壊
こちらは古くなった工場の取壊です。

どんなに古い建物でも
古ければ古いだけ思い出や歴史が詰まっていますので
使われていた方の思い入れは一入だと思います。

感謝の心の込められた大事なお祭の一つです♪
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拝殿♪

2013 - 02/26 [Tue] - 06:19

大宮五十鈴神社参拝シリーズ(14)

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今回は「拝殿(はいでん)」のお話しです。

「鳥居(とりい)」をくぐり、
正面に五十鈴川(通称)の流れを見ながら
その畔の「手水舎(てみずしゃ)」手水をとり
すぐ北側に建っている「敬神生活の綱領掲示板」を見て
その脇の階段を上がると正面に「社務所」があり
参道の中程から左に折れると両側に「狛犬」があり
左右の狛犬の間を抜け階段を上がり「二之鳥居」をくぐり
更に階段を上がって左を見ると突き当たりに「土蔵」があり
その右奥に「弓道場」があり
その手前に「御神木」が立っていて
その反対側の突き当たりには「神楽殿」があり
「神楽殿」の東側に「奉納書画掲示板」があり
その反対側に「古神符納め所」があり
その左横に「末社殿」があり
その左横、神社の中心に「拝殿」が建っています。
新拝殿
「拝殿」とは、お祭り又は拝礼を行う建物のことをいいます。

拝殿

一般のお参りは、
御社殿の御賽銭箱の前で手をたたいてお参りされますが、
その御賽銭箱の奥にある建物を「拝殿」といい、
ご祈祷などお祓いを受けるときは、この拝殿の中で行います。
拝殿
こちらは↓平成16年に取り壊されました
以前の大宮五十鈴神社の「拝殿」です。

旧拝殿

靴を脱いで中に入っていました。

旧拝殿玄関

拝殿の中は、座っていただく形で
神社の中ですので「あぐら」というわけにはいかず
正座をしてご祈祷を受けていただいていました。

旧拝殿中1

↓の写真にあるように、
建物の真ん中に立っていた2本大きな柱がとても邪魔でした。

旧拝殿中2

大宮五十鈴神社の旧拝殿は、
大正元年に竣工(完成)したとありますが、
その後昭和42年に増築したとあります。

旧拝殿中3

柱がちょうど全体の3分の1くらいのところに立っていましたが
写真で見ても、何でそれっぽっちを増築したの?と思いますが、
それは逆で、それっぽっちの部分が昔ながらの拝殿で、
増築したことにより拝殿はそれまでの3倍の広さになりました。

旧拝殿屋根

度重なる修繕、
又増築による複雑な屋根の構造となってしまい、
ついには屋根の継ぎ足し部分から水が漏り
最終的には屋根全体が腐ってしまったことにより
改築に踏み切らざるおえなかったということです。

平成17年9月、新拝殿が完成いたしました。
栞(拝殿外観)
広さは旧拝殿の約倍となり、
祭祀を行う「幣殿(へいでん)」と、
一般の方が参列する「拝殿」と分かれており、
「幣殿」は板張りで座って御奉仕し、
「拝殿」は石張りで土足のまま入れて椅子に腰掛けます。

新拝殿竣工式

↑こちらは、平成17年9月の竣工式の模様ですが、
上は座礼、下は(見にくいですが)椅子に座っています。

他の神社へ行きますと
だんだんと正座の出来ない(正座が辛い)という人が出てきて
畳の上に胡床(こしょう…祭儀で使う椅子のこと)を置いて座る
なんていう神社も出て来る現状
当社では、総代さんは神職と向かい合った場所に正座
ですが、他社では向かい合った場所に胡床をおいて
座礼と立礼がゴッチャになっている神社もありますから
時代に適った形なのだと思います♪
浦安の舞
例祭に舞われる「浦安の舞」
舞姫さんが8人で舞うことの出来る幅の確保
これも重要視したことの一つです。

これから100年200年と長持ちさせなければなりません♪
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テニアン島へ出発♪

2013 - 02/25 [Mon] - 06:59

今日から、北マリアナ諸島戦没者慰霊顕彰事業として
サイパン島・テニアン島へ行って参ります♪

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先日「テニアンな話し♪」を書きましたが
詳細はそちらを見ていただくことと致しまして
毎年行われています長野県神道青年会主催の
「北マリアナ諸島戦没者慰霊顕彰事業」
テニアン島での慰霊祭に参列して参ります。
テニアン
今年で12年目となりますが
私は12回連続での参加となります。

テニアン1

【25日】
午後3時 サイパン島到着
午後5時 テニアン島到着
毎年お世話になっています岩下さんのレストランで
テニアン市長さんとの懇親会をして
ダイナスティホテル宿泊

【26日】
午前9時 慰霊祭斎行
午前中  テニアン島島内観光
午後  サイパン島到着
夕食  慰霊祭直会
フィエスタリゾート&スパサイパン宿泊

【27日】
終日  サイパン島戦跡巡り

【28日】
午前3時50分 ホテルロビー集合
午前6時05分 サイパン島発
午前8時50分 日本帰国

最終日は早朝というか夜中(汗)の出発ということで
ハードな日程とはなってしまいますが
昨年度よりは1日長く、少しはゆっくりと
島内観光が出来るのかなと思っています。

テニアン戦跡

facebookで報告したいと思いますが
携帯電話を持っていくのは今年が初めてでして…
はたしてWi-Fiが使えるのかどうかも確認していません(苦笑
この間のブログは予約投稿で対応させていただきますが
無事に帰ってくることを祈っていて下さい♪

グアムでは、あんな事件が起きてしまいましたが
本来は本当に治安の良い場所なんです…
サイパンはグアムより更に治安が良いと言われています♪
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井戸清祓式♪

2013 - 02/24 [Sun] - 06:57

人生儀礼番外編
建築のお祭り(5)♪
今日は、井戸工事のお祓いのお話です。

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井戸工事には、二通りあります。
井戸の取壊(井戸埋め)のお祓いと、
井戸を新設(井戸掘り)のお祓いです。

井戸は、その昔まだ上水道が常備されていない頃は
私たちの主の飲料水でしたが
年が経ち環境も変わり検査をしてみたら
大腸菌が規定値を上回り…飲料水には適さない、、、
といった検査結果、
いつの間にか使わなくなってしまった井戸が多くあります。
取壊2
こちらは、家の中に井戸があり
家の取り壊しと同時に井戸を埋めてしまったご家庭の井戸。
井戸1
これは、以前埋めてしまいました我が家の井戸
残しておけば、飲料水には適さないにしても
庭の花や木の水やりには利用できる…とも思ったのですが、
新しく建てた家の下敷きになってしまうため埋めることとなり
井戸埋めのお祓いをしました。

私たちの生活になくてはならない水を与え続けてくれた井戸
水の神様、そして井戸の神様に埋めることをご報告申し上げ
これまでの水の恵みに感謝をします。

今でこそ科学や文明の発展により判明されていますが
井戸を埋めると悪いガスがたまるんだそうで
そのガスを吸うと頭がおかしくなるだとか爆発するだとか…

井戸を埋める際は
パイプや竹で必ず息抜きをしてください…
実際の工事に関しては業者の方のほうがお詳しいと思います。
井戸(内堀醸造)3
こちらは埋める…の反対で
「井戸掘り」のお祓いです。
井戸(内堀醸造)1
飯島町の「内堀醸造」さん(醤油などの製造)で
以前行われました井戸掘り清祓式の様子ですが
産土(うぶすな)大神様、井戸の神様、水の神様
そして工事の神様をお招きいたしまして
綺麗な水がたくさん出るように、また
井戸掘り工事の安全をお祈りいたします。

早太郎温泉の掘削工事も
井戸掘りの同じ業者さんでしたが
不思議と雨降りのお祭りが多いですね…(笑

いずれにしましても、
私たちの命の源であります水、感謝の真心を捧げます♪
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末社殿♪

2013 - 02/23 [Sat] - 06:55

大宮五十鈴神社参拝シリーズ(13)

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今回は「末社殿(まっしゃでん)」のお話しです。

「鳥居(とりい)」をくぐり、
正面に五十鈴川(通称)の流れを見ながら
その畔の「手水舎(てみずしゃ)」手水をとり
すぐ北側に建っている「敬神生活の綱領掲示板」を見て
その脇の階段を上がると正面に「社務所」があり
参道の中程から左に折れると両側に「狛犬」があり
左右の狛犬の間を抜け階段を上がり「二之鳥居」をくぐり
更に階段を上がって左を見ると突き当たりに「土蔵」があり
その右奥に「弓道場」があり
その手前に「御神木」が立っていて
その反対側の突き当たりには「神楽殿」があり
「神楽殿」の東側に「奉納書画掲示板」があり
その反対側に「古神符納め所」があり
その左横に「末社殿」があります。
末社殿2
「末社殿」は、拝殿の右側にあります。
末社殿1
この「末社殿」は、昭和3年に造られ、
12社のお社が祀られ、
それぞれの神様がお鎮まりになっています。

末社殿1末社殿2末社殿3末社殿4

末社殿5末社殿6末社殿7末社殿8

末社殿9末社殿91末社殿92末社殿93

御社殿、向かって左側から…

①元白山社境内稲荷社(いなりしゃ)
   「豊受姫(とようけひめ)大神」
②津島社(つしましゃ)
   「素盞鳴(すさのお)大神」
③金刀比羅社(ことひらしゃ)
   「大巳貴(おおなむち)大神」
④山神社(やまのかみしゃ)
   「大山祇(おおやまづみ)大神」
⑤秋葉社(あきはしゃ)
   「迦具土(かぐつち)大神」
⑥諏訪社(すわしゃ)
   「建御名方(たけみなかた)大神」
⑦稲荷社(いなりしゃ)
   「稲荷(いなり)大神」
⑧三嶋社(みしましゃ)
   「田心(たごころ)姫大神」
   「市杵島(いちきしま)姫大神」
   「瑞津(たぎつ)姫大神」
⑨松尾社(まつおしゃ)
   「大山咋(おおやまくい)大神」
   「迦具土大神」
⑩伊雑社(いざはやしゃ)
   「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」
⑪天神社(てんじんしゃ)
   「菅原道真公(すがわらみちざねこう)」
⑫青麻社(あおそしゃ)
   「大巳貴大神」

それぞれのお社にお祀りされています神様については、
また改めて書かせていただきますが、
その昔は駒ヶ根市にあったお社が、
または駒ヶ根市の親戚や同業者などでお祀りされたお社が
いつしか大宮五十鈴神社の境内に遷され
神殿は分かれていますが一緒にお祀りされたのが
この「末社殿」です。

それぞれに、由緒や創立年月日は分かりませんが、
御祭神や御社名を見て分かるように
「学問の神様」や「お酒の神様」をはじめ、
様々な御神徳の神様がお祀りされていて、
いつかはお祭を復興させていきたいと考えています。

末社殿灯籠

「末社殿」の前にある灯籠も、良く見ていただくと「月」と「太陽」を象っているように見えます。

昔の信仰に、興味がわきますね♪
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入居清祓式とは♪

2013 - 02/22 [Fri] - 06:53

人生儀礼番外編
「建築のお祭シリーズ(4)」♪
今日は「入居清祓(にゅうきょきよはらい)式」のお話しです。

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前回、「竣工祭(しゅんこうさい)」のお話しをしましたが、
「竣工祭」は工事の終了を神様に報告し
末長く建物をお守りいただくことをお祈りするお祭です。

会社・工場・病院・店舗…様々な建物がありますが
一般住居の場合は「竣工祭」が、
この「入居清祓式」にあたります。

新築のお家を建てられて
「地鎮祭」→「上棟祭」→「入居清祓式」とされる方、
建売で新築のお家を購入された方↓
入居清祓式
中古住宅を購入された方↓
入居清祓
様々なパターンがありますが、
建売の場合も中古住宅の場合も
建てられた方が「地鎮祭」をしたのか分かりませんし
中古住宅の場合は、
「前にどんな方が住んでいたのか分からないので」と
言われてお祓いされる方もいらっしゃいます。

「神棚」が有る場合はその前に机を置いてお供え物を並べ
「神棚」が無い場合は「床の間」に上の写真のように
「神籬(ひもろぎ)」を立ててお供え物を供えますが
今風の家は「床の間」のない住宅が多く
家の中心辺りに机を置いて行うことが多いです。

「入居清祓式」では神事の中で、建物の外(庭)
外から建物を、そして
水回り(台所・トイレ・お風呂場・洗面所など)を初め
各お部屋をお祓いいたします。

家を建てるとき、その土地の上に家を建てるわけですから
土地の神様に挨拶をして「地鎮祭」を行いますが
建売や中古の場合は、その家に住む前の挨拶でもあります♪
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古神符納め所♪

2013 - 02/21 [Thu] - 06:45

大宮五十鈴神社参拝シリーズ(12)

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今回は「古神符(こしんぷ)納め所」のお話しです。

「鳥居(とりい)」をくぐり、
正面に五十鈴川(通称)の流れを見ながら
その畔の「手水舎(てみずしゃ)」手水をとり
すぐ北側に建っている「敬神生活の綱領掲示板」を見て
その脇の階段を上がると正面に「社務所」があり
参道の中程から左に折れると両側に「狛犬」があり
左右の狛犬の間を抜け階段を上がり「二之鳥居」をくぐり
更に階段を上がって左を見ると突き当たりに「土蔵」があり
その右奥に「弓道場」があり
その手前に「御神木」が立っていて
その反対側の突き当たりには「神楽殿」があり
「神楽殿」の東側に「奉納書画掲示板」があり
その反対側(末社殿の北隣)に「古神符納め所」があります。
古神符納め所4
「古神符納め所」は
古い神符、つまり一年間(これまで)お世話になりました神符
御札や御守を納める場所です。
古神符納め所3
御札を新しくしたので古い御札を処分したい…
だからといって他のゴミと一緒にゴミ箱へなんてとんでもない
では、どこへ持っていけばいいの?
なんて思ったことがある方は多いと思います。
古神符納め所2
御札や御守だけでなく
神棚や神棚の上にのせてあった縁起物(破魔矢や熊手やダルマ)
なども納めていただいて構いません。
古神符納め所1
基本、御札や御守などは
その御札や御守を受けられた神社やお寺へ
お返しするのが本来ではありますが
その神社やお寺が遠方であったりと
お返しするのがかなわない場合は
当社に納めていただいても構いません。

古くなってしまったお人形さんなども納められる方がいますが
ガラスケースからガラスを外していただき
また燃えないものは取り除いていただいてお納め下さい。
お焚き上げ
納められたものは
1月4日・6月末・12月29日に
お祓いの上お焚き上げをしておりますが
「古神符納め所」が一杯になり次第お焚き上げしますので
いつでもお持ちいただいて構いません。

お焚き上げ料として
お気持ちを正面の御賽銭箱へお納め下さい♪
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竣工祭とは♪

2013 - 02/20 [Wed] - 06:55

人生儀礼番外編
「建築のお祭シリーズ(3)」♪
今日は「竣工祭」のお話しです。

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「竣工祭(しゅんこうさい)」「ことおえのみまつり」とも言います。

建築工事の終了、完成に伴いまして
御守護に感謝し、これからの建物の安全
事業の繁栄、また家でしたら家族の安寧などをお祈りします。

「起工式」では、
これから工事を始めることを神様に報告し
工事の安全をお祈りするわけですが
「竣工式」では、
工事の安全に感謝申し上げた上で
その建物の用途によりお招きしお願いする神様が違ってきます。

どんなお祭でも現地で必ずお招きするのは
その土地でありその土地に住んでいる人々の守護神であります
「産土(うぶすな)大神」様(その土地の神社の神様)、
「竣工式」では「産土大神」様の他に
建物の神様であります「屋船二柱(上棟祭参照)大神」様
そして議り事・相談事・智恵の神様であります
「八意思兼(やごころおもいかね)大神」様
そして、店舗だったら商売繁盛の神様
病院だったら病気・薬の神様
工場だったらそこで作る製品(金属や紙や布など)の神様など
それぞれの仕事・事業に関係する神様をお招きして
事業の繁栄と作業の安全などをお祈りし
建物の中や各部屋、庭と外からも建物をお祓いします。
社務所竣工式
これは大宮五十鈴神社社務所の「竣工式」で
外から社務所をお祓いしているところです。

起工式(地鎮祭)や上棟祭までは
切麻(きりぬさ)という紙と麻・米・塩をお清めでまくとき
白い紙を切ったものを使いますが
竣工式では5色の紙をまきお清めします。

五行思想の関係だと思います。
(木火土金水・東西南北中・春夏秋冬土用…)♪
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上棟祭とは♪

2013 - 02/19 [Tue] - 06:46

人生儀礼番外編
「建築のお祭シリーズ(2)」♪
今日は「上棟祭」のお話しです。

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「上棟祭(じょうとうさい)」「むねあげのみまつり」とも言います。
上棟祭1
通常は建物の柱や棟・梁などの骨組みが完成して
棟木を上げる際に行う神事です。
上棟祭2
今では少なくなりましたが、神事後にお餅やお菓子などを蒔く
「散餅(さんぺい)の儀」も行います。

一般に「上棟祭」のことを「建前(たてまえ)」と呼びますが、
その土地の守り神様であります「産土(うぶすな)大神」様
家・建物の神様であります「屋船二柱(やふねふたはしら)大神」様
(「屋船久久能遅…やふねくくのぢ…大神」様
「屋船豊受姫…やふねとようけひめ…大神」様
神様のお名前は様々な書き方や1があります)
大工仕事の神様であります「彦狭知(ひこさじり)大神」様
「手置帆負(たおきほおい)大神」様をお招きして
引き続きの建築工事の安全と
立て終わった後の永遠の御守護をお祈りいたします。
上棟祭4
神事の中では、「千歳棟」「万歳棟」「永永棟」の掛け声に
棟梁が「おお!」と答えて槌を打つ「槌打ちの儀」が行われます。

写真があっちゃこっちゃして申し訳ありませんが(汗
上の写真は、平成22年の大宮五十鈴神社社務所「上棟祭」で
私が「千歳棟…」の掛け声をかけているところで

上棟祭5

下の写真は、平成17年の大宮五十鈴神社拝殿「上棟祭」で
棟梁が棟木を土で打ち固めているところです。

今では棟梁さんが「上棟祭」を行うことが多いようで
すべての建物の「上棟祭」に私が伺うわけではありませんし
現在流行り?のプレハブ住宅(ハウスメーカー)さんでは
「上棟祭」を省いてしまうこともあるようですが、
昔ながらの伝統、しきたりは面倒でも行っておいた方が
あとあと心配なく安心して暮らせることと思います。

人生で1度経験できるかどうかの貴重な体験です♪
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雨水(うすい)♪

2013 - 02/18 [Mon] - 06:19

今日2月18日は、「二十四節気(にじゅうしせっき)」の1つ
「雨水(うすい)」です♪

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「雨水」とは、暦便覧には
「陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となれば也」とあります。

冬もピークを過ぎて徐々に暖かくなり
積もっていた雪も凍っていた氷も溶ける頃
雪解け水が蒸発して舞い上がり
やがて雨となって降り出す頃
また、今まで雪が降っていたのが雨に変わる頃
そんな時期のことをいいます。

昔から、農耕(稲作)の準備を始めるのに
雨水を目安としていました。
雛人形
来月の頭に「ひなまつり」がありますが
この「雨水」の日に雛人形を出してきて飾ると
良縁に恵まれると言われていますので
これから「おひなさま」を出そうと思っている方は
急いで押し入れから出してきて飾り付けて下さい♪

とは言っても、まだまだ寒い日が続きますね♪
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十三詣り♪

2013 - 02/17 [Sun] - 06:04

人生儀礼シリーズ(6)
今日は「十三詣り(参り)」のお話しです。

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この辺ではあまり耳慣れない人生儀礼「十三詣り」ですが、
生まれた年の干支が、初めて巡ってくる年(数え年の十三歳)
に行われるのが十三参りです。

関東よりも関西の方が盛んに行われているようで
ある地域では、七五三よりも重要行事として行われている…
ということを聞いたことがあります。

「十三詣り」の起源は、
今から百年ほど前から始まったと言われています。

数え年十三歳の男女が、
虚空蔵菩薩にお参りして
「福徳」と「智恵」と「健康」を授けていただく
また「七五三まいり」は11月15日ですが
「十三詣り」は陰暦の3月13日、
現在の4月13日とされています。

現在では、お参りする先も虚空蔵菩薩に限らず、
地元の神社仏閣へお参りされるようで
本来は「氏神様」にお参りする七五三で
お寺へ行くのと同じ、何とも日本人らしいですね。

難波より 13まいり 13里
もらひにのぼる 智恵もさまざま

という歌を聞いたことがある方もいると思いますが
江戸時代の中頃、京都を中心に
近畿一円からのお参りが一般に広がりました。

ご祈祷を受けたあとは、絶対に振り返らないように…
振り返ると、授かった「知恵」をお返ししなければいけない
そんな言い伝えもあるようで
せっかく神様から「知恵」を授かったので
振り返らずに家まで帰っていただきたいと思います。

子供の健やかなる成長をお祈りする親心は
いつまで経っても変わることはありません♪
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地鎮祭とは♪

2013 - 02/16 [Sat] - 06:59

「建築のお祭シリーズ(1)」♪
今日は「地鎮祭(じちんさい)」のお話しです。

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「地鎮祭」、「とこしずめのみまつり」ともいい、
土地を鎮め工事の安全をお祈りするお祭で
建築工事や土木工事などを始めるにあたり
工事を始める前に土地の神様に「土地をいじりますよ」
というご報告をし御守護をお祈りします。
建売の地鎮祭
家を建築するにあたり行う「地鎮祭」が一般的ではありますが、
「土地をいじるときは、神様の頭の上をいじるのと同じ」
といわれるように、
家だけではなく会社や蔵などの建物はもちろん
庭をいじったりする際にも「地鎮祭」を行います。
庭地鎮祭2
こちらは、ちょうど先日行われた庭の「地鎮祭」
庭地鎮祭1
今ある庭に、新たに石積をするそうで
工事に先立ちまして「地鎮祭」を行いましたが
ちょうど雨が降ってしまい、
急遽お施主さんが庭にブルーシートを張っていただき
雨よけを作って下さいました。

企業の場合は、「地鎮祭」とはいわず
「起工式」や「安全祈願祭」などと呼んで行います。
日進乳業1
これは昨年行われました「日進乳業」さんの起工式
日進乳業2
本来は「起工式」「地鎮祭」「定礎式」「立柱祭」…
というような神事を行いながら工事が進んでいきますが
今では「地鎮祭」か「起工式」に代表して行われています。

神様の頭の上をいじる…とはよく言ったものですが
これは実際にお祭に行った際にお婆さんが言っていたことです♪
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奉納書画掲示板♪

2013 - 02/15 [Fri] - 06:50

大宮五十鈴神社参拝シリーズ(11)

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今回は「奉納書画掲示板」のお話しです。

「鳥居(とりい)」をくぐり、
正面に五十鈴川(通称)の流れを見ながら
その畔の「手水舎(てみずしゃ)」手水をとり
すぐ北側に建っている「敬神生活の綱領掲示板」を見て
その脇の階段を上がると正面に「社務所」があり
参道の中程から左に折れると両側に「狛犬」があり
左右の狛犬の間を抜け階段を上がり「二之鳥居」をくぐり
更に階段を上がって左を見ると突き当たりに「土蔵」があり
その右奥に「弓道場」があり
その手前に「御神木」が立っていて
その反対側の突き当たりには「神楽殿」があり
「神楽殿」の東側に「奉納書画掲示板」があります。
奉納書画1
これは昭和40年に「御神木」の東側に建てられてものを
昭和61年に現在の場所に移転しました。
奉納書画2
毎年、9月に行われます例祭に先立ちまして
世話人の方々が書画を募集し張り替えをしてくれます。
奉納書画3
そもそも当奉納書画は
絵を描くのが好きだった祖父(先代宮司)が
地元出身の著名な画家「佐藤雪洞先生」と始めたのがきっかけ
地元の書画を趣味としている皆さんに声を掛け
書画を集めて年に1回張り替えをするようになったそうです。
奉納書画4
70枚の書画を掲示できるスペースがありますが
年々減少傾向にあるとのこと…
「我こそ!」と手を挙げていただける方
氏子外からでも結構ですのでお申し出下さい♪

習字・水彩画・水墨画・油絵なんでも結構です♪
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テニアンな話し♪

2013 - 02/14 [Thu] - 09:11

毎年この時期に、テニアン島で慰霊祭を行って参ります。

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「この大空と大海原に馳せる想い
       ~日本からこの地を訪れたすべての人々へ~

あなたの純真な心に純粋に美しく映える
この見渡す限りの大空と大海原が
ひととき悲しみに曇り涙に霞んだ真実を
忘れること無く後世に伝えて欲しいと願います・・・

大東亜戦争当時
日本を遠く離れこの島を含め南洋の多くの島々で戦没された
軍人兵士『英霊』や
運命を共にされた当時の在留邦人の多くは
国家防衛と国民平安の為に尽くされ
祖国の永続と民族の永遠とをひたすらに願い
尊い命を捧げられました

激戦の果てに行き場を失い日本民族の誇りに懸けて
この断崖から紺碧の海に我が子と共に身を投げることなど
我々には想像もし難い事実であります

平和な次代を残す為に
日本人としての生き方を示し遺された先人達に
感謝の心と敬慕の念を以ってお報いする為
慰霊の誠を捧げていただければと存じます

散華された『英霊』と戦没者の御霊は
祖国に帰り靖國神社にお祀りされております
そして幸せに元気よく今の世を生きている
『あなた』を見守っていて下さいます

帰国後は、この島のこの場所であなたが感じた
見渡す限りの大空と大海原の美しさを
靖國に鎮まる御霊にあなたらしく伝えていただければと願います」

20071003100028.jpg

これは、北マリアナ諸島テニアン島に
長野県神道青年会(県内40歳までの神職)が建てた
慰霊施設内の碑に刻んであります碑文です。

あれは平成13年
私が長野県神道青年会の事務局長を務めていた年
当時の会長が「テニアン島に慰霊碑を建てたい」
と言っているといった噂を耳にしました。

周りの反応は「NO!」
恥ずかしながら
当時の私も「テニアン島」という名前すら聞いたことが無く
もちろんそこでの史実も知らず
「なにも遠く離れた外国に慰霊施設を建てなくても」
という思いで、大方の意見と同じでした。

事務局長といえば
会長の命を受け事務を遂行する役目である
と理解はしていましたが
会員の生の声を伝えることも大切であると
会議に先立ち、個室で
率直に反対意見を述べさせていただきました。

20071004140400.jpg
(上空から見たサイパン島)

すると会長は、穏やかに口を開き…
自分は、消防団員時代に何度かテニアン島を訪れた…
そう言ってテニアン島また
我が長野県に縁のある松本50聯隊について話し始めました。

テニアン島とは…

テニアン島は
北マリアナ諸島サイパン島の8㎞南に位置する島
現在はアメリカ合衆国の自治領となっています。

テニアン島はその昔スペイン領からドイツ領となり
第一次世界大戦でのドイツ敗北により、日本領となりました。

日本の統治下となってから
初めてテニアン島が開発されることとなり
当初4人の日本人が移住し開発を初めてから
最高時の1944年6月当時は1万5千人以上(軍人を除く)が
砂糖の生産や鰹節製造業などを営みながら生活をしていました。

松本50聯隊(歩兵第50聯隊)は
明治38年(1905年)に編制され
同年明治天皇より「我が帝國を保護せよ」との勅語と共に
軍旗を親授されました。

大東亜の戦局に暗雲が漂い始めた昭和19年(1944年)
御前会議において
「日本帝國が、戦時目的を達する上に絶対確保を要する圏域」
として、硫黄島・トラック島と並び
マリアナ諸島(グアム・サイパン・テニアン)が
国家防衛の最重要地域として認識され
50聯隊を主力とする29師団にマリアナ守備の勅命が下りた時
師団長高品彪氏は「我、身を以って太平洋の防波堤たらん」
と奉答し、以後、50聯隊はこの言葉を誓詞と掲げ
島の死守を決意しました。

6月、米軍の攻撃が始まり、サイパン島が陥落すると
攻撃目標がグアム・テニアン島へと移り
装備の無い守備隊は総反撃も虚しく
島への上陸を許してしいます。

陸海あわせて約8千人のテニアン守備隊も
上陸から僅か2日で主力部隊は壊滅、2千人の戦力となり
神社を拠点とした司令部も
北のラソー神社から南の住吉神社に後退していきました。

8月1日午後6時55分
米軍のテニアン占領宣言が発表されると、同日深夜
50聯隊・第17代聯隊長緒方敬志氏の手により
編制より守られてきた軍旗が奉焼され
翌日の玉砕攻撃へ向けて準備が整えらました。

残された日本人は兵隊のみならず一般人までもが
捕虜になることを頑なに拒み
スーサイドクリフより身を投げ自決
紺碧の海がひととき血の色に染まったといいます。

子を持つ一般人は、泣きながら子供等の背を押し
後を追い身を投げたといいます。

そして1年後の8月6日、この島から広島に向かって
原爆を積んだエノラ・ゲイが飛び立つ事となったのです。

20071005085657.jpg
(スーサイドクリフ断崖を上から撮影)

会長「それは綺麗な島なんだよ。
海なんか、透き通るほどのコバルトブルー。
そこで、戦時中は悲しい悲しい出来事があったんだ。
岬から我が子の背を押して
その後を追い飛び込み自殺をするなんて
今の時代は考えられないだろ?」

「・・・」

会長「その島は、今でこそ
ダイビングスポットとして有名な観光地で
日本人観光客が多く遊びに行く観光名所になっているんだよ。
でも俺は、その岬に立ったら涙が止まらなかったんだ。」

「・・・」

会長「でもな、そんな悲しい出来事があったことなんて
知らない若者が多いんだ。
俺は一緒に行った消防団員には、手を併せるよう説明したよ。
でも、その岬にある慰霊施設はすべて仏教や他宗教のもので
神道の慰霊施設がないんだよ。
だから、我々長野県神道青年会で
そのスーサイドクリフに神道式の慰霊碑を建てたいと思うんだ。」

20071005085856.jpg
(慰霊施設建設予定地)

私は、この時ほど
自分の無知さを恥じたことはありませんでした。

何も知らずに
ただただ反対していた自分を恥ずかしく感じると共に
この時から
まだ見ぬテニアン島に想いを馳せる日々が始まりました。

テニアン島に関する書物を読みあさり
yahooオークションに「テニアン島」でアラートをかけ
写真集や情報誌を買い読みあさりました。

その後の会議では、会長が長時間に渡り
テニアンでの史実や
会長が慰霊碑建立を思い立ったに至る経過を説明し
まずは現地へ行き、現地調査をしっかりした上で
土地の確保など建立することが可能か否かを
調べなければならない…と言うことになり
旅行業者に間に入っていただき
北マリアナ連邦の議員さんや
テニアン市の役員さんとお会いするべく
現地に飛ぼうということとなりました。

それが平成13年の話しです。

松本50聯隊は、編成地は長野県の松本でしたが
実際は愛知や岐阜の隊員が多かったと聞いています。

現在、その編成地である松本の兵営跡地は
信州大学のキャンパスとなっています。

我々の暮らす長野県に縁のある
「松本50聯隊」が玉砕した地に想いを馳せ
平成14年3月、9名の会員が
テニアンへ視察調査に飛び立ちました。

2月といえば、まだまだ日本は真冬
零下の日本から30℃以上のサイパンへ
サイパン国際空港で我々を迎えてくれたのは
常夏の暑さと灼熱の日差しでありました。

我々の目的は
「大東亜戦争を中心とした英霊並びに戦歿者に対する
慰霊顕彰事業を当会の継続事業として位置付ける為
戦跡である北マリアナ諸島の現地に於いて
当時の史実を考察し慰霊と顕彰の実情を把握することによって
より有意義な事業活動の展開に資するため。」…ということで
出迎えのバスに乗り
サイパン初上陸(私は)の喜びに浸る間もなく
取るものも取らずといった形で
まずはサイパン島のバンザイクリフへと向かいました。

車中からは「ラストコマンドポスト」と呼ばれる
サイパン島での最後の日本軍司令部跡や
艦砲射撃により傷付けられた岩肌が見え
ここでの惨事を物語っていました。

20071006092953.jpg
(艦砲射撃のあとが残る岩肌)

サイパン島バンザイクリフで慰霊祭をするべく
一同は日本から持ち寄った荷を解き
祭壇を組み竹を立て斎場を設営しました。

まだ日本とサイパンの温度差に体が慣れていないにも関わらず
汗を拭うのも忘れたかのように一同は無言で準備しました。

焦げそうな陽射しと
押し寄せては岩壁にぶつかり砕ける波の音に包まれて
慰霊祭の御奉仕をしました。

バンザイクリフを目の前にして
祭詞奏上の間そこでの史実を脳裏に繰り返し
綺麗な海・空・景色とのギャップに涙が溢れ
その涙は汗と共に足元に落ち、大きな跡が出来ました。

祭典と後片付けを済ませ、サイパン戦跡を巡りホテルに帰り
慌ただしく一日を振り返る暇もなく
明日テニアン島へ向かう準備と打ち合わせを済ませました。

2日目、サイパン島チャーリードック港よりフェリーで
今旅の最大の目的地でありますテニアン島へ向かいました。

約1時間して、テニアン島に着き
まずはテニアン島の戦跡を巡り
最終目的地「スーサイドクリフ」へと向かいました。

テニアン島での慰霊祭斎行の場所であるこの岬
昨日のサイパン島バンザイクリフで感じた想い
波の音、海の色、同じ雰囲気を感じました。

会長の話にあったように
岬に建立されている多くの慰霊碑の中には
神道系のものはありませんでした。

一通りの視察を終えて慰霊祭の準備をし
皆モノも言わず慣れた手つきで準備を終え
テニアン島スーサイドクリフでの慰霊祭も終えました。

20071006093036.jpg
(視察調査時の、慰霊祭の様子)

2日間、2つの慰霊祭を終え
今回のもう1つの目的であります
「北マリアナ連邦やテニアン市の役員さん訪問」
果たして、現在はアメリカ領となっているテニアンで
私たちのようなもの達と会っていただけるのでしょうか…。

そんな不安を胸に、マリアナ政府観光局を訪ねました。

幸いにもマリアナ政府の議員さんとお話しをすることが出来
しかもテニアン市長さんともお会いすることが出来
直接我々の想いをお話しさせていただくことが出来
そして当初の目的に対し大きな成果を収めることが出来ました。

20071007063639.jpg
(テニアン島内…車窓から)

帰国後9名の会員は
仲間にサイパン島・テニアン島での想いを伝えました。

「様々な宗派で建った碑又個人で建った碑は数多くあれど
これだけ日本人の観光客の多い中に誰もが自由に参拝し
手をあわせる場所が無いことに寂しさを覚えた」

「年老いた父母や愛する妻子を故国に残し
御国の為尊い命を捧げられた英霊等の心に応えるためにも
慰霊碑建立の早期実現と慰霊の心が
未来永劫受け継がれていくことを切に希望する」

これらは、参加者が帰国後書いた感想文から抜粋したものですが
参加者は現地で慰霊祭を斎行し
現地の空気を肌で感じ当時に想いを馳せることで
現在の平和を改めて強く感じることが出来たことや
慰霊碑は幾つも建ち並んではいるけれども
実際この場で何があったのか説明するものが何も無いことなど
それぞれに慰霊碑建立の必要性を伝えることで
慰霊碑を建立する方向で議論を進めることになりました。

どんなものを建立するか決める傍ら
仲介の旅行業者を通して現地政府と土地確保の交渉を進め
視察時に慰霊施設建立に最適と下見をした場所を申請しました。

役員会では、慰霊碑ではなく
どうせなら神社(祠)を建てたらどうか?
など様々な意見が飛び交いました。

間もなくして、
現地から無償で土地を提供してくれるといった有難い許可が下り
その寸法にあわせ絵を描き

20071007063749.jpg

模型を作るなどして、

20071007063833.jpg

徐々に形が決まってきましたが
大変なのは建立資金をどうするかです。

もともと積立金は少額しかありません…
神社界では東海地区に属する長野県
まずは神道青年東海地区協議会に共催者となっていただくことで
県内はもちろん東海五県の神職さんや神社庁また大きな神社
そして関係業者より寄付していただけるようにと
「趣意書」「企画書」「事業概要書」などを調え
予定図を添えての募財活動が始まりました。

お金が絡んでくると
元からあった外部の反対の声も更に大きくなってきます。

「靖國神社や護國神社があるのに
何で国外へ慰霊碑を建てるんだ?」

「ずっと維持しいくことが出来るのか?」など…

苦言を呈しながら寄付をしていただける方
もちろん苦言だけで寄付していただけない方もいました。

疑問の声や不安の声もある中
応援してくれる方々も数多くいました。

長野県神社庁も後援についていただき
靖國神社からも多額の助成金を戴けることとなり
神社庁また靖國神社公認の事業として着実に慰霊碑建立に向け
会議を繰り返しました。

また、塩尻市の伊藤石材さんからは鳥居を御寄付戴けるといった
有り難いお申し出も戴き
県内外の多くの方々のご理解とご協力により
なんとか目標金額を達成することが出来ました。

そして、いよいよ発注
玉垣に鳥居、台座に御社殿
玉垣・鳥居・台座は石製ですので重く
とても飛行機というわけにはいきませんので船で運び込みます。

御社殿はテニアンの気候を鑑みると
木材製は朽ちてしまう危険性がありますが
あえて木材製を選び、今後朽ちたら新しく…朽ちたら新しく…と
御遷宮に生きる神道の甦りの心を盛り込みました。

また、愛知県神道青年会さんより
岡崎産の御影石で作った狛犬を御奉納戴けるということで

20071008093209.jpg
(現地慰霊施設に建立させていただきました「狛犬」)

更に素晴らしい慰霊施設になるのではと
期待に胸を踊らせていました。

発注したものが完成し
平成15年1月サイパン上陸のための4つの許可
(難しいことはよく分かりませんが)のうち
一番難しかった最後の許可がおり
2月頭にはサイパン、中旬にはテニアンに
石造物が上陸するという知らせがあり
これでなんとか「第1回 北マリアナ諸島戦歿者慰霊顕彰事業」
を行う3月6日に間に合わせることが出来た…

と思ったら・・・

社殿を設置することが出来なくなるような
重大な事件が起こってしまったのです。

と言うのも、ある方より、
今までにない重みのあるお言葉を頂戴したのです。

「スーサイドクリフといったら、
テニアン島の中では1番人目に留まる所。
そこに神道形式のものを建てるのは良いけれども
しっかり維持をしないと、湿気は多いし、台風は多いし
金物は現地の人が盗っていってしまうし…。
現地には中国や韓国の人が多いから
社殿を置くと射撃の的にされてしまうこともある。
管理人を常駐させるなり
相当な覚悟で行ってもらわなければ困る」と。

ある方とは、県外の神主さんで
数十年前より南洋の島々で慰霊活動を行っている方で
当サイパン島・テニアン島でも遺骨収集活動や
「サイパン神社」「テニアン神社」の復興はもとより
政府の要人とも深くお付き合いがある方で
これまで苦言を戴いた方々とは比べものにならない意見
既に各島々で慰霊活動を行っている方からの
生の助言と捉えさせていただき、早速に会いに行き
更なるご助言を素直に聞き入れ
3月の慰霊祭に先立ち再度視察をするべく4人が現地へ飛び
最終確認をし、玉垣と説明板だけを建立して当日に備えました。

慰霊碑建立という話しが持ち上がってから2年弱
という短い期間で、準備不足の面も否めませんが
なんとか慰霊祭を斎行出来るまでに整いました。

たった一回だけの事前視察で
見落としてきたことも沢山有りましたが
有り難いご助言に寄りまして事前に対処することが出来
これからまた調査をする中で
残りの施設(鳥居と狛犬)を建てることにして現地に保管し
社殿は、最近中国人や韓国人が多く訪れるので
壊される可能性が多く、また屋根が銅葺きであり
現地の人に壊され盗られる危険性を多く孕んでいるということで
当面は神籬祭祀(当日御霊をお迎えし祭典)で
慰霊祭を行うこととしました。

20071009100247.jpeg
(平成15年3月現在)

慰霊団も、当初計画の100名とまではいきませんでしたが、
県内外より多くの参加者が集まりました。

当日は、始めにテニアン神社で奉告祭を行い

20071009100324.jpg
(テニアン神社での奉告祭)

引き続きスーサイドクリフで慰霊祭を斎行しました。

20071009100340.jpg
(平成15年度 慰霊祭)

2年目には、鳥居と台座
また愛知県神道青年会寄贈の狛犬も設置され
一段と厳かな祭典が出来るようになりました。

20071009100403.jpg
(平成16年2月の現地)
20071009101801.jpg
(平成16年 慰霊祭)

しかしながら、維持していくことは大変です。

月々の維持管理費用も
もともと資金のない神道青年会独自で守り続けていくことが
どこまで出来るかわかりませんが
現在では、神道青年東海地区協議会が
維持費分ほどの助成金を毎年補助して下さっています。

しかし、予期しなかった出来事も起こります。

20071009100635.jpg

北マリアナ諸島は、台風の通り道
ある強い台風で説明碑が倒れ壊れてしまったのです。

また、ある年には、近くにある慰霊施設が
中国人により破壊されたという報道があり
周囲2~30メートル四方の施設が壊された…
という報道でしたので
すぐ現地に電話をしたこともありました。

また、一般の渡航者より、尾が欠けている狛犬の写真を
(WBCの腹いせ…という説をつけて)
送ってもらったこともありました。

それでも私たちは、続けることが出来る限り当施設を守り
ここでの史実を、テニアン島に来る人々に伝えることで
これからの日本を支えて行くべく若者達に
先人への感謝の心を持ち続け
慰霊の誠を捧げてもらいたいと切に願っています。

その島で遊んではいけないということではありません…
碑文にもありますように
「幸せに元気よく今の世を生きている
『あなた』を見守っていて下さいます」のように
この島を訪れて元気よく遊んでいる姿を見せることも慰霊です。

ただ、元気で遊べる「今」があるのは
御先祖様のお陰であることを忘れないように
または時々にでも思い出してもらうきっかけとなり
そして靖國神社、または護國神社、招魂社、招魂碑
仏壇や神棚に手を併せてもらえれば…。

20071010094543.jpg

実のところをお話ししますと
建立から10年以上経ち
長野県神道青年会にも建立当時の会員が少なくなり
当初の建立理由など知らない人がほとんど
当慰霊施設を維持していくのが大変…という声も多く
今後の在り方を検討している時期でもあります。

しかし、出来る限りは維持し続けていっていただきたい…
毎年の慰霊祭も続けていっていただきたい…
神道青年会員は、やがて定年を迎え卒業していってしまうけれど
神道青年会には必ず新しい会員が入り
新しい組織として存続していく組織であり
私たち個人個人はいずれ死んでいなくなってしまうけれども
未来、将来のことを考えると神道青年会という組織で
当施設を、当慰霊事業を続けていっていただくのが理想
そして、後輩達には同じ気持ちであって欲しいし
同じ気持ちをまだ見ぬ後輩達にも伝えていって欲しい
そう、思っています…広く、全国の同志達にも…。

20071010094603.jpg

当初は、我々神職やその家族だけではなく
遺族の方々や一般の方々にも参加していただきたいと
計画をしていましたが
日帰りで行けるような場所でもありませんし
それ相当のお金も日数もかかりますので
なかなか慰霊団の参加者も増えませんが
もし皆さんが他の旅行でテニアン島を訪れたら
是非スーサイドクリフへ行っていただきたいと思います。

たまたまテニアンへ観光で渡る方も多くいますが
スーサイドクリフへ行くと
必ず目に留まる場所に施設はありますし
説明板も見ていただけることと思います。

当初、奉告祭を斎行していた「テニアン神社」ですが
10年前とはサイパン・テニアンの諸事情も大きく変わり
サイパン-テニアン間に行き来していたフェリーはなくなり
日本-サイパン便の飛行機もセントレア発着がなくなり…など
時間的な制約もありここ数年斎行されておりませんが
機会があれば是非お参りして下さい。

サイパンへは行ったことがある人が多くいると思いますが

20071010094617.jpg

(今では乗ることの出来ないフェリー)

サイパンからセスナで飛行時間は約10分

20071010095216.jpg

サイパンのマニャガハ島も綺麗ですけれど
是非もう一歩足を伸ばしてテニアン島へ出かけてみて
そして史実に触れてみて下さい。

昔、この場所で何が起きたのか
本当は自分でお調べいただくのが一番ですが
私も経験があるように
それをするのはよほど興味を持ったときしかできません(汗

繰り返しになりますが、日本領であった頃
私たちの先々代の年代の方々が
この地に1万人以上も定住されていました。

戦争でアメリカに占領されることとなり
島の端へ端へと追いやられ
水不足の孤島ですから
真夜中に井戸へ水を飲みに行ったところを
後ろから銃撃されるなどしていましたから
捕まれば何をされるか分からないといった状況の中
捕虜になるくらいなら死んだ方が良い…と判断した島民が
サイパン・テニアンそれぞれの岬から
子供たちの背を押し後を追って自決しました。

「クリフ」というのは「岬」のこと
それぞれの岬から「天皇陛下万歳」を叫びながら飛び降りた
そのことから名付けられている「バンザイクリフ」
また「スーサイド(自決)クリフ」といった名前なのです。

20071011101356.jpg

くどいようですが、それはそれは美しい岬
紺碧の海と青い空そして白い波しぶき
その景色を見て昔そんなことがあったなんて
誰が想像できるでしょうか?

今の平和な日本、そしてテニアンがあるのも
そこで戦いその時を生きた
先人の皆様のご苦労ご尽力の賜物なのです。

テニアンだけでなく、グアムや硫黄島、中国やアジアの国々
日本本土ももちろん沖縄でも
その時を生きた
我々の御先祖様がいて今があるのです。

20071011103139.jpg

テニアンは遠くて行くことが出来ないかも知れませんが
靖國神社、各県護國神社や各郡市部招魂社
その近くをお通りになられましたら
このお話しを思い出していただき
ちょっと足を伸ばして寄っていただき
お参りしていただければ幸いに存じます。

戦争でお亡くなりになられた皆様の御霊安かれと
心よりお祈り申し上げます。。。

20071011102256.jpg

今年度の慰霊旅行は…
平成25年2月25日(月曜日)~28日(木曜日)
毎年行われていますので、一緒に行っていただける方は
私までご連絡をお願い致します。

駄文にお付き合いいただき、ありがとうございました♪

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バレンタインデー♪

2013 - 02/14 [Thu] - 06:08

今日2月14日は「バレンタインデー」♪

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バレンタインデーの由来は、
3世紀にローマで殉教したキリスト教徒の英語名だそうで、
イタリア語で「ヴァレンティーノ」英語名で「バレンタイン」
その物語は…
バレンタイン0
3世紀当時のローマ皇帝「クラウディウス2世」は、
兵士達の戦意に支障をきたすとして若者の結婚を禁じていましたが
バレンタインは若者たちを哀れに思い、
密かに結婚させていましたが、
皇帝がそれを知り、
バレンタインにローマ国教への改宗を迫りましたが、
結局バレンタインはそれを承諾しなかったため
バレンタインは投獄され処刑されてしまいました。
バレンタイン1
そのバレンタインが処刑された日が、
2月14日だということです。
バレンタイン2
日本では、
今から75年ほど前
神戸モロゾフ洋菓子店が
バレンタイン3
英字雑誌に「バレンタインチョコ」の広告を出し、
その後、新宿の伊勢丹で
バレンタイン4
「バレンタイン・セール」と称したキャンペーンが行われ、
チョコレートの消費量増加に伴ない、
徐々にそのチョコレートを贈る習慣が広まり今に至ります。
バレンタイン5
チョコレートにはテオブロミンという
カフェインと同類の興奮作用のある物質が含まれていて
バレンタイン6
元気が出るのには根拠があるそうですよ♪

今年も、たくさんの本命チョコを
ありがとうございました♪
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お供え物の質問(4)♪

2013 - 02/13 [Wed] - 06:55

お魚や野菜や果物は、何を準備したらよいでしょうか?

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何がいけない…というわけではありませんので
どんな物でも結構です。

「旬の物が一番」と以前に書きましたが、
今の時代は、ハウス栽培や流通が進み
どんな季節でもいろんな季節の野菜が店頭に並び
季節感がない(わからない)のが現実です。

そんな中でも、春は筍や山菜であったり
夏はスイカや夏みかん、秋は林檎や梨や柿
冬はカボチャや白菜などなど…

特に、お魚なんかは旬が分かりませんよね…

身のまわり、スーパーに一番出回っている物
それを旬だと思ってしまいますが
新鮮で清浄な物であればどんな物でも構わないと思います。
地鎮祭のお供え物2
あと、出来るだけ国産の物を選びますが
一番良いのはご自分の畑で採れたものが最高ですね。

以前、こんなご質問をいただきました。

「おネギなどのにおいの強いもの控えるとお聞きしましたが、
何か理由があるのでしょうか?」

私も「匂いの強いものは避けるように」ということを
聞いたことがありますが、
地鎮祭に葱がお供えされることは良くあります。

「たぶん…」という言い方で申し訳ありませんが
「匂いのキツイものは避ける」というのは
仏教からきたもののように思われます。

仏壇や法事などのお供え物は「精進料理」をお供えされますが
「精進料理」とは、生ものや匂いのキツイものは避け
粗食という意味でニンニクやネギなどの
匂いやアクの強いものは避けるとされています。

「畑で採れた葱を神様にお上げしたい」
ニンニク農家の方が収穫祭でニンニクを神様にお上げする
新物の玉葱が有ったので買ってきた…などなど
旬のものであったり、新鮮なものを
神様にお供えすることはよいことだと思います。

「ドリアン」は駄目でしょうか?
というご質問をいただいたこともありますが
基本的には国内産…と考えると「ドリアン」は外国産
でも、「外国旅行のお土産を是非神様に」とか
「美味しかったので神様にも是非」など
真心がこもっていればどんなものでも良いかと思います。

結局「なんでも良い」という結論になってしまい
Q&Aになっているのかどうなのか(汗♪
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紀元節の歌♪

2013 - 02/12 [Tue] - 06:58

昨日のお話と関係がありますが…

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昨日、2月11日は「建国記念の日」
昔は「紀元節」と言っていました…
という話しは昨日のブログを見ていただくとして。

戦前戦中までは、
その当時に小学校生活を送られた皆さんはご存知だと思いますが、
この「紀元節の日」には、
街の家々の軒先には日の丸の旗が掲げられ、
学校で記念式典が行われました。

そして記念式典では『紀元節の歌』が歌われたと聞いています。

『紀元節の歌』

雲に聳ゆる 高千穂の
高根おろしに草も木も
なびきふしけん 大御世を
仰ぐ今日こそ たのしけれ

海原なせる 埴安の
池のおもより 猶ひろき
めぐみの波に 浴みし世を
仰ぐ今日こそ たのしけれ

天のひつぎの 高みくら
千代よろずよに 動きなき
もとい定めし そのかみを
仰ぐ今日こそ たのしけれ

空にかがやく 日のもとの
よろずの国に たぐいなき
国のみはしら たてし世を
仰ぐ今日こそ たのしけれ

(紀元節の歌 高崎正風作詩 伊沢修二作曲)

大宮五十鈴神社では、
「建国記念の日」に「建国祭」を行いますが、
そこで昔は「紀元節」と言っていたことなどをお話しし
建国祭の直会では、
総代さんと一緒に『紀元節の歌』を歌いました。

だんだんと総代さんも若くなってこられ
「紀元節の歌」を聞いたことの無い方も出てきましたが
懐かしそうに歌っておられた方もいました。

今の総代さんの年代までがギリギリで、
知らない総代さんが占める日も近いかと思いますが、
「建国祭」にはずっと歌い続けていきたいと思っています。

紀元節も、戦争に利用されてしまった感も否めず
戦後は無くなってしまいましたが、
戦後の日本は、敗戦によって、
日本の素晴らしい所も悪い所も一緒くたにして
無くしてしまったように思います。

日本の神話も、戦後小学校の教科書から消えてしまいました。

日本の紀元に想いを馳せ、
神話を思い古代昔々に愛着を感じることは、
国を愛する心に繋がるような気がします。

混沌としていた日本を初めて治めた神武天皇さまのご功績と、
そして2673年という長い長い歴史の間、
現在の日本国に至るまで、
その時を生きて日本国の発展に力を注いでこられた、
先人の皆様のご労苦にも感謝し、
又あやかって、益々の国の繁栄を心よりご祈念申し上げます。

紀元節は、かつての祝祭日の中の四大節
(紀元節、四方節、天長節、明治節)の1つです♪
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建国祭♪

2013 - 02/11 [Mon] - 06:33

今日「2月11日」は、「建国記念の日」です♪

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「建国」を記念する日ということですが、
今日2月11日をなぜに「建国」した日と定められたか…
は、あまり知られていないのが現状です。

そう、それは今から数億年前、
海底の火山の噴火などにより島が隆起して、
今の日本の国が出来たのが今日「2月11日」なのです…
なんていうのは冗談で(笑
しかも、そんなこと誰も分かるわけありません。

今日「2月11日」は、
戦前は「紀元節(きげんせつ)」と言われていました。

「紀元」、歴史上の年数を数える基準です。

それを、今日「2月11日」に定めた意味は、
今日各地の神社で行われる「紀元祭(きげんさい)」
もしくは「建国祭(けんこくさい)」で分かります。

当大宮五十鈴神社では、10時から「建国祭」を行います。

今から2673年前の今日「2月11日」は、
奈良の橿原(かしはら)の里に、
日本初代の天皇陛下「神武天皇(じんむてんのう)」またの御名を
「神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれひこのみこと)」
が御即位した日とされています。

なんでそんな昔のことが分かったのか…
日本書紀の記述によりますと
「神武天皇」が奈良の橿原の里に御即位した日が
『辛酉年春正月庚辰朔』
(かのととりのとしはるむつきかのえたつのついたちのひ)
とあり、暦をさかのぼり
計算されたのが2月11日ということであります。

今年は2013年、
これは西暦で示した年号ですが、
日本には日本ならではの暦(皇紀…こうき)があります。

今年は、皇紀2673年で、
西暦より、660年も長いんです。

西暦、それは
キリストが誕生したとされる年を
元年(がんねん)とする年代の数え方(yahoo辞書より)
」。
今は日本でも、カレンダーや年賀状など、
この西暦を使うことが多くなっています。

みんなで「西暦」を使うのをやめて、「皇紀」を使いましょう!…
なんてことは今更言えませんが、
日本には日本ならではの暦があるということだけでも
知っていただきたいと思います。

今日「建国記念の日は」、
「建国をしのび、国を愛する心を養う日」
と定められていますが、
日本の国の建国を想うとき、
混沌としていた世の中をまとめられ
日本の初代天皇陛下として御即位された
「神武天皇」のご功績をお称え申し上げ、
建国されてから2673年という長い長い歴史の間、
その時代時代を生き活躍された先人、
今の平和な日本という国の礎を支えてこられた
私たちのご先祖様に想いを馳せ、
「日本人で良かったな~」と思う日にしたいですね。

日本という国、文化に誇りを感じてもらいたいと思います♪
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お供え物の質問(3)♪

2013 - 02/10 [Sun] - 06:31

良くあるご質問から…
お供え物は、何に載せれば良いですか?

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白い大きなお皿に載せるのが本式とされています。

白いお皿がなければ、白っぽいお皿でも構いません。

お皿が用意できない場合は、
「中折れ紙」を敷いて「お供え物」をお供えいたします。

「中折れ(なかおれ)紙」とは、
障子紙を三角に折ったものですが、お供え物の下に敷く他に、
手水の際に手を拭いたりする紙をいいます。

4

あくまでも本来はお皿に「お供え物」を載せるのですから
「中折れ紙」はお皿の代用品で、
お皿があれば「中折れ紙」をお皿の上に敷く必要はありません。

それでは、「中折れ紙」の折り方を説明いたします。

①長方形の紙を横長に置きます。(表は下側)。

1

②その右下を、左上に持っていきます。

2

③左上の角を、通り過ぎないようにして折ります。

3

④こちらが、完成形です。↓

4

⑤左上の角を通り過ぎて折ってしまったら、
「弔事」の折り方となり縁起が良くありませんので
お気を付け下さい。

5

⑥また、紙の左下を右上に持っていた折り方も
「弔事」の折り方となりますのでお気を付け下さい。

6

「吉事の折り方」と「弔事の折り方」の覚え方ですが、
折り目が左上に、着物と同じと考えれば宜しいかと思います。

中折れ7 中折れ6

そして「三方」の上に置くときは、
神さまの方から見て
敷いた「中折れ紙」が左前に見えるように、
折り目を神さまの方に向けて置きます。

とがった方を、神さまに向けないように…
と覚えると覚えやすいかもしれませんね。

同じように、
手水(てみず)をした人に「中折れ紙」を渡すときも、
とがった方を向けて渡さないよう折り目を向けて渡します。

どしどしご質問をお寄せ下さい。
皆様のご質問で、当ブログは成り立っています(笑♪
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福島研修旅行♪

2013 - 02/09 [Sat] - 11:51

長野県神社庁教化部主催研修旅行で
昨年に引き続き福島県へ行って参りました♪

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朝4時半に起き出し外を見ると…雪(汗
予報で聞いてはいたものの急いで支度
バス乗車地「矢彦神社」までは運転です。
99_20130209084233.jpg
高速道路も積雪…というか圧雪状態
98_20130209084232.jpg
お陰に早朝なため車は少なく順調に伊北インターで降り
97_20130209084232.jpg
「矢彦神社」で時間通り5:50にバスに乗りました…が
そこからが長い…なんといっても広い長野県(苦笑
塩尻・松本・安曇野・長野・上田・佐久
乗車2時間半してようやく全員集合♪
96_20130209084231.jpg
教化部主催の旅行ですので教化部長であります
長野県神社庁副庁長様のご挨拶で旅が始まりました。
95_20130209084230.jpg
予報では1月14日並みの雪降りということでしたので
大変心配しましたが、なんとか長野県を脱出し
長野県よりも降りが激しい群馬を通過
福島へ向かうことが出来ました。
94_20130209084258.jpg
水戸で食事をとり最初の目的地「楢葉八幡神社」を目指します。
90_20130209084258.jpg
福島県…というと寒いイメージがありますが
ここ浜通り、海岸沿いは
「旧名)常磐ハワイアンセンター」があるくらいですから
長野に比べたら暖かい暖かい
今回の雪が珍しいくらいに暖かいところです。
27_20120616163506.jpg
「楢葉八幡神社」は、
昨年福島県(その際のブログ♪)へ来た際に
復興祈願祭を行わせていただいた神社
89_20130209084257.jpg
今回で参拝は2回目
88_20130209084256.jpg
今回も正式参拝をさせていただき
87_20130209084255.jpg
社務所で宮司さんのお話、地元青年部「美浜会」さんのお話
被災当時から今に至るまでのお話をお伺い致しました。
85_20130209084321.jpg
全員で御社殿前で記念撮影をさせていただきましたが
このボード↓
84_20130209084320.jpg
昨年、松本市「多賀大社」さんの例祭のお手伝いに伺いましたが
その際、参拝してくれた子供達が書いたもの
松本市「多賀大社」ブログ♪参照。

「楢葉八幡神社」をあとにしホテルへ向かいます。
83_20130209084319.jpg
昨年6月には、↑の交差点で行き止まりでしたが
この町まで「入っても良い」という許可が出たらしく
バリケード?は取り除かれていました。
26_20120616174347.jpg
こちらが↑昨年の同じ交差点の様子です。

そこから約1時間
バスの中では「がんばっぺフラガール」
3.11後、踊る場所を失ったフラガールたちの感動の200日
を見ながら、ホテル「スパリゾートハワイアンズ」へ
宴会そしてポリネシアンショー…
そして夜は更けていきました。

【2日目】
ホテルを出た一行は、一路「塩谷岬」へ向かいました。
48_20130209105700.jpg
窓の外は海、そこには何十年何百年と変わらない海が
しかし反対側に目を移すと…
49_20130209105701.jpg
そこには、津波で家毎さらわれてしまい基礎だけ残った集落
50_20130209105702.jpg
奇跡的に残った家も、住める状態には至らず…
それは昨年の6月に見た景色と何も変わらず…
つまり復興復旧作業は何も行われていないということ
46_20130209105658.jpg
少し変わったのは、↑(昨年の画像)学校の校庭
プールまで埋めていた瓦礫の山が
47_20130209105659.jpg
少しずつ撤去され始めていたことくらいでしょうか…

初めて見る方達も
最近では報道もほとんどされなくなってしまった現状に
唖然というか言葉を失っていました。
39_20130209105723.jpg
帰り道、茨城県の大洗で昼食
38_20130209105722.jpg
民宿「いそや」さんでの食事は
食べきれないほどに海の幸が満載
分厚いお刺身に舌鼓、腹ごなしに?「大洗磯前神社」を参拝

37_20130209105722.jpg

大きな石の鳥居の向こうに見える長い階段(汗

36_20130209105721.jpg

90数段ということでしたが
日ごろの運動不足…特にここ数日は
神社へ行くにも雪があるので車で行ってしまっていたことを後悔
35_20130209105720.jpg
初めてのお参り「大洗磯前神社」
おおあらいいそさきじんじゃ…とお読みします。
34_20130209105742.jpg
大己貴(おおなむち)命(大国主命)と
少彦名(すくなひこな)命が祀られており
「大洗さま」と氏子に親しまれているそうです。
33_20130209105741.jpg
御神門には、海岸ならではといった波を象った彫刻が施され
32_20130209105740.jpg
海沿いに鎮座する「大洗磯前神社」は震災当時は
津波が階段の途中まで押し寄せる中
100人以上の住民が境内に避難されていたそうです。
31_20130209105739.jpg
「大洗磯前神社」には
木曽支部の神職さんのお孫さんが奉職されており
ご挨拶も出来、素晴らしい2日間の締めとなりました。
20_20130209105738.jpg
福島県まで1泊2日の強行旅行…と思いましたが
思ったほど強行とは感じることなく
完全に復興するまで忘れることのないように
または、3月11日であったり機会があれば
又仲間と一緒に福島県を訪れたいと心に誓った研修旅行でした。

来月に迫った震災日「3.11」
福島県で何か出来ないかと画策中…
一緒に行ける方を募集しています。

お世話になった皆様
大変ありがとうございました♪
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数え年とは♪

2013 - 02/09 [Sat] - 06:18

人生儀礼シリーズ(5)として
今日は「数え年(かぞえどし)」のお話しをさせていただきます。

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儀礼…ではありませんけれど
前回の「七五三まいり」や
後々の「厄除け」や「年祝い」に関係してきますので
このシリーズに入れることにしました。

普段は「満年齢」という年の数え方をしますが
「数え年」という年の数え方をご存じでしょうか?

自分の「数え年」って幾つか分からないときがありますよね。

「満年齢」は、いつも使っている年齢です。

誕生日が来ると1つずつ年をとる、
その数え方が「満年齢」です。

では、「数え年」はどう数えるのでしょうか?

「数え年」は、神様から魂をいただいた数と覚えて下さい。

「初宮詣♪」のブログで
神道の死生観について少しお話ししましたが
人は産まれると
「産土(うぶすな)大神」様より魂をいただき1歳。

そして、「年神さまとは♪」ブログで書いたように
お正月に各ご家庭にお迎えする「年神さま」から
毎年魂をいただき年を重ねるので
お正月毎に2歳、3歳、4歳、と年を取る
これが「数え年」の数え方です。

ですから、数え年の数え方は、魂をいただいた数で数えます。

この世に誕生し1つ、
それからはお正月に魂を1つずついただく、
つまりお正月に1つずつ年をとる…具体的には
例えば、12月1日生まれのお子さんは、
12月1日に誕生して1歳、
1ヶ月後のお正月で2歳、
でも実際の「満年齢」はまだ0歳、
ですので「満年齢」プラス2歳が「数え年」
誕生日を超えると「満年齢」プラス1歳が「数え年」…

お分かりいただけましたでしょうか?

ということで、
厄除けや七五三、また還暦や古稀や喜寿などの
日本古来の行事を行うのは「数え年」で行います。

年を取るということは
神様から魂をいただく…と昔から考えられていましたので
年神さまから魂をいただくお正月は
日本人にとって重要な行事ということが分かります。

これを読んでいただいた方は、
毎年のお正月の迎え方が変わるかも知れませんね♪
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お供え物の質問(2)♪

2013 - 02/08 [Fri] - 06:39

「お供え物」の供え方(並べ方)を教えて下さい。

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少しややこしいお話しで長くなりますが、
正式なお供えの順序をお話しいたします。

神道で、一番大事な(重要視する)のは「御神前」
次に「正中(せいちゅう)」です。

「御神前」は分かると思いますが、
「正中」は耳慣れない言葉かと思います。

言葉で説明するのは難しいですので写真で…

20080105183059.jpg

御神前の中心から、下位に中心を走る線を「正中」といいます。

お供え物の種類や数によって順序が変わってきます。

例えば、前回お話しした地鎮祭などでのお供えを例にしますと
「米」・「酒」・「魚」・「海菜」・「野菜」・「果物」・「塩」「水」
「塩」と「水」は一緒にお供えしますので
「三方(さんぼう…お供えする台?)」
三方は7台になります。

順序は上に書いたとおりになりますが、
1列にお供えするか2列にお供えするかによって変わってきます。

その7台の「三方」を1列にお供えする場合、

お供え物(奇数7)

こういう順序でお供えします。

例えば、「三方」が6台しかないので
「酒」と一緒に「塩」と「水」をのせ6台とした場合は
偶数ですから…

お供え物(偶数6)

こういう順序でお供えします。

なんとなく方法というかノウハウ?はわかりましたでしょうか。

では、おさらいです(笑
神社の祭典のようにお供え物が多かった場合
11台あったとします。

20080106152410.jpg

1.和稲(にごしね・白米)
2.荒稲(あらしね・精米してないお米)
3.御神酒
4.お餅
5.海魚(海のお魚)
6.海菜(かいさい・昆布など)
7.野菜
8.果物
9.菓子
10.嗜好品
11.お塩・お水
と、こうなります。

順序は以上の通りですが、
それぞれお供え物には「向き」があります。

お魚は、頭が正中を向き
お腹が御神前を向きます。

お野菜や果物にも「頭」がありますので
「頭」を正中もしくは御神前のほうに向けます。

野菜や果物の「頭」とは、花が咲く方です。

難しいのは、花がどっちに咲くか分からないような場合
いちいち調べなくても良いですし
間違えたからといってバチがあたるわけではありませんので
ご安心下さい…一応‘決まり’まで。。。

野菜の上位を、神様の方(御神前もしくは正中)へ向けます。

殆どの場合は、神職さんがやってくれますが…♪
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神楽殿♪

2013 - 02/07 [Thu] - 06:37

大宮五十鈴神社参拝シリーズ(10)

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今回は「神楽殿(かぐらでん)」のお話しです。

「鳥居(とりい)」をくぐり、
正面に五十鈴川(通称)の流れを見ながら
その畔の「手水舎(てみずしゃ)」手水をとり
すぐ北側に建っている「敬神生活の綱領掲示板」を見て
その脇の階段を上がると正面に「社務所」があり
参道の中程から左に折れると両側に「狛犬」があり
左右の狛犬の間を抜け階段を上がり「二之鳥居」をくぐり
更に階段を上がって左を見ると突き当たりに「土蔵」があり
反対側の突き当たりに「神楽殿」があります。

今でこそ「拝殿(はいでん)」「幣殿(へいでん)」
「幣拝殿(へいはいでん)」といった
ご祈祷が出来る立派な建物がありますが
戦前、その昔はどの神社にも「拝殿」というものはなく
この「神楽殿」が「御本殿」の前に位置していました。
諏訪大社下社秋宮
「諏訪大社」や
穂高神社
「穂高神社」は
今でも御本殿の前、中心に「神楽殿」がありますが
当社ではいつの日か現在の位置に移されています。
敬老祭
当社で毎年8月1日に斎行致します「敬老祭」
その直会(なおらい)を境内で行うのですが
少し前までは「神楽殿」内で催し物をしていただきました。

今では物置のようにしか使われていませんが、
その内に耐震補強をしっかりとして
舞などを舞えるように整備し
本来の「神楽殿」に復活させたいと思っています。

瓦が重いのも気になりますね…(汗♪
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お供え物の質問(1)♪

2013 - 02/06 [Wed] - 06:36

「お供(そな)え物」は、何を準備すればよいですか?

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神社での祭典の場合と、
地鎮祭など個人のお祭での場合とがありますが、
まずは神社での祭典から…

米(和稲…にごしね・荒稲…あらしね)・酒・餅・海魚・川魚
野鳥・水鳥・海菜・野菜・果物・菓子・塩・水が一般的です。

和稲とは、精米したお米
荒稲とは、籾の状態や玄米をいいます。

ただし、祭典の大小(大祭・中祭・小祭など)によって
米は和稲だけにしたり鳥はお供えしなかったりと
種類や量を変えることがあります。

地鎮祭など、個人のお祭で準備していただく「お供え物」は、
米・酒・魚・海菜(昆布とか海苔)・野菜・果物・塩・水
が一般的です。
地鎮祭のお供え物2
お米のことを「おせんまい」といいますが、
「おせんまい」とは、洗ったお米…ということではありません。

「お供え物」のことを「神饌(しんせん)」といいますが、
「お供えするお米」という意味で「お饌米」
それがいつの日にか、洗ったお米の方が綺麗だからなのか
「おせんまい」イコール「お洗米」が定着し
洗ったお米を準備されていることが多くあります。

もちろん、それが悪いわけではありません。

例えていうなら、
鯛をお供えするときに、そのままお供えするか、
ウロコをとって調理するだけにしてお供えするか…
そんな感じでしょうか…もちろんどちらでもかまいませんが
ようするに心がこもっていれば、
これはいけない…などということはないのです。

以前私が奉職していた神社で、
祭典毎にお供え物を購入する際よく言われたことは、
「旬のものをお供えすること」
「また、いま自分が食べたいと思ったものをお供えすること」

旬で新鮮な食材を神様にお供えすることが大事なのだと思います♪


最近では、地鎮祭などでも
業者さんが「お供え物」を買われるパターンも増えてきましたが、
ご自分達で揃えるところから「地鎮祭」だと思います♪
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御神木♪

2013 - 02/05 [Tue] - 06:34

大宮五十鈴神社参拝シリーズ(9)

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今回は「御神木(ごしんぼく)」のお話しです。

「鳥居(とりい)」をくぐり、
正面に五十鈴川(通称)の流れを見ながら
その畔の「手水舎(てみずしゃ)」手水をとり
すぐ北側に建っている「敬神生活の綱領掲示板」を見て
その脇の階段を上がると正面に「社務所」があり
参道の中程から左に折れると両側に「狛犬」があり
左右の狛犬の間を抜け階段を上がり「二之鳥居」をくぐり
更に階段を上がって左を見ると突き当たりに「土蔵」があり
その右奥に「弓道場」があり
その手前に「御神木」が立っています。

御神木1

神道では、どんなものにでも神様は宿っている…
といった考えですので、どんな木にも神様が宿っているわけで
どの木も「御神木」なわけではありますが
一般に言う「御神木」とは、神社の木
しかもその中でも一番大きかったり由緒があったり古かったり
そんなことで決められた1本の木を指します。

大宮五十鈴神社は、拝殿の南側にあり、瑞垣で囲われています。

御神木2

大きな木ですから、必然的に枝も大きく、
枝が大きくなれば冬に雪が降った際に枝折れもしますし、
傷みが激しくなれば枝落とししなければいけない…
ということで、
長年に亘りかなり上の方まで枝落としされています。

御神木3

木というものは、
4分の1だか5分の1だかの枝を残しておかないと
枯れてしまうんだとか…(タッキーさんに聞いてみたいですね♪
当社の「御神木」はギリギリでしょうか(汗。

当地で有名な御神木と言えば
「大御食(おおみけ)神社」の御神木
こちらは3代目ですが太さも大きさも格段の差

大御食御神木1

しかもその「御神木」の元には
その昔「日本武尊(やまとたけるのみこと)」が手を掛けられたという
由緒が伝えられている「手掛け石」なるものが

大御食御神木2

その「日本武尊」が当地を訪れてから
昨年がちょうど1900年ということで
昨年「1900年祭」が行われました(余談まで。

神社にある木すべてを「御神木」と呼ぶこともあります♪
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「立春(りっしゅん)」♪

2013 - 02/04 [Mon] - 06:32

今日2月4日は、「二十四節気(にじゅうしせっき)」の1つ
「立春(りっしゅん)」です♪

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「立春」とは、暦便覧には「春の気たつを以て也」とあります。

暦に「春」という文字が現れただけで
「暖かな春がもうそこに!」なんていう気持ちになりますね♪

暦の上では、
今日から「立夏(りっか)」の前日までが春とされていますが、
この時期は寒さが一番厳しい時期でもあります。

でも今日からは、
目に見えて陽射しが暖かくなりますので、
暖かい地方では梅が咲き始める頃です。

旧暦では、
一年の始まりが「立春」でしたから、
この「立春」を基準に定められた日があります。

「八十八夜(はちじゅうはちや)」
「二百十日(にひゃくとおか)」
「二百二十日(にひゃくはつか)」
など聞いたことがあると思いますが、
これはいずれも「立春」から数えた日数(日にち)をいいます。

「立春」「立夏」「立秋」「立冬」、
その季節の気配が立ち始める…といった意味で、
暦の上ではそうであっても、
今年の冬はとても寒く
信州でも南に位置する駒ヶ根では雪が少ない方ではありますが
長野県でも北部、そして東北や北陸を中心に
大雪の報道を毎日目にします。

雪が降っても大変…
暖かくなると雪崩などの被害が心配…など
今日より寒さは緩み始めるとは言いながら
気が抜けない日々が続くことと思いますので
心よりお見舞い申し上げます。

「立春」以降に初めて吹く強風を、
「春一番」といいますが、穏やかな春がもうそこまで来ています♪

春が来ない年はありませんから
この寒さも、もう少しの辛抱です♪
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「節分(せつぶん)」♪

2013 - 02/03 [Sun] - 06:12

今日「2月3日」は「節分」です。

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「節分」とは、
読んで字の如く「季節を分ける」ということですから、
季節の始まりであります「立春」「立夏」「立秋」「立冬」の
前日を指します。

しかし現在では、
「節分」といえば立春の前日が代表となっています。

それは、年に4回ある「節分」のうちでも
「立春」を1年の初めと考えていたことから
次第に「節分」といえば冬から春への季節の分かれ目
旧暦の「お正月」、「立春」の前日を指すようになりました。

「立春」を新年と考えれば、
「節分」は大晦日にあたり、
前年の邪気(厄・悪いこと)を祓うという意味をこめて、
「鬼は外!」の豆まきを行います。

「季節の変わり目は風邪をひきやすい」なんて言いますが
昔は季節の変わり目には邪気(鬼)が出ると考えられており、
それを追い払うための悪魔祓いとして
豆まきをする慣わしが出来ました。

なぜ「節分」には、豆をまくのでしょうか?

夏越の大祓のブログでも書いたことがありましたが
水無月の夏越の祓いする人は♪ブログ」
豆には「邪気を払う霊力」があると考えられており、
豆をまくことで豆の霊力で邪気を払い「鬼は外♪」、
福を呼び込む「福は内♪」と考えたのだと思います。

立春は、旧暦のお正月に当たりますので、
節分の日に行う豆まきや厄祓というのは、
12月31日に行う「師走の大祓」
の意味があるのだと思います。

また、豆を自分の歳の数、
地域によっては自分の歳の数に1つ足した数を食べ、
一年の無病息災を願う慣わしがあります。

「もっと食べたい」とだだをこねた子供時代を懐かしく思いますが
ずっと前より年の数が食べきれなくなっています(苦笑。

でも、ここ数年で
「恵方(えほう)巻き」なるものが全国的に流行り出しました。

「恵方巻き」とは、
またの名を「丸かぶり寿司」という太巻きのことです。

この「恵方巻き」は、
大阪が起源となって始まったものだそうで、
節分に恵方の方角を向いて太巻きを食べ、
一言も喋らないで完食すると願い事が叶う、
または幸せが訪れる、
なんていう縁起を担いで行われますが、
ここ信州ではもともとなかった風習「恵方巻き」でした。

そもそも「恵方巻き」は関西で行われており、
それを20年ほど前に広島のセブンイレブンで販売したところ
大ヒット商品となり、
10年ほど前から全国展開され始め、
今では関西のみならず全国で「恵方巻き」が食べられています。

「恵方」とは、
その年の十干(じっかん)によって定められる
最も良いとされる方角で、
その方角には「年神様」が居ると言われています。
(十干については、
「戊子(つちのえね)」のお話し♪を、ご参照下さい)

今年は北北西を向いて食べると良いそうで
七福神に因んで、
かんぴょう、キュウリ、シイタケ、伊達巻、うなぎ、でんぶ等
七種類の具を入れて、福を食べるという意味合いもあるそうです。

皆さんも、「鬼は外、福は内!」豆まきをして
年の数の豆を食べて健康に暮らしましょう♪
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弓道場♪

2013 - 02/02 [Sat] - 06:10

大宮五十鈴神社参拝シリーズ(8)

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今回は「弓道場」のお話しです。

「鳥居(とりい)」をくぐり、
正面に五十鈴川(通称)の流れを見ながら
その畔の「手水舎(てみずしゃ)」手水をとり
すぐ北側に建っている「敬神生活の綱領掲示板」を見て
その脇の階段を上がると正面に「社務所」があり
参道の中程から左に折れると両側に「狛犬」があり
左右の狛犬の間を抜け階段を上がり「二之鳥居」をくぐり
更に階段を上がって左を見ると突き当たりに「土蔵」があり
その右奥に「弓道場」があります。
弓道場1
この弓道場は昭和6年に造られ
その後昭和33年に再建
昭和56年補修…とあります。

その昔はどのようにして使用していたかは分かりませんが
私の記憶では安土(矢が刺さる場所)が朽ちてしまっていて
長いこと使われていませんでした。

昭和60年、安土を再建
弓道場2
これは当時の宮司(後藤宮司代務者)さんと祖母が
私が高校で弓道を始めたことを機に
寄贈してくれたのを覚えています。
20110923140100.jpg
それから大宮五十鈴神社の例祭には
地元の弓士達が集まって
奉納弓道大会を開催してくれるようになり
弓道場3
例祭に花を添えてくれています。

地元の先生方をはじめ看護大学生も来てくれます♪
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2月「如月(きさらぎ)」♪

2013 - 02/01 [Fri] - 06:42

早いもので平成25年も1ヶ月が過ぎ、
今日から2月です。

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2月のことを、
昔の呼び方で「如月(きさらぎ)」といいます。

「如月」の語源ですが、
寒い2月、
着物を重ねて着ることから「着更着(きさらぎ)」
といったことからきた…という説が一番有力です。

他には、
雪の下から草や木が芽生えてくる月と言うことで
「生更木(きさらぎ)」「草木張り月(くさきはり月)」
という説。

徐々に気候が穏やかになると言うことから
「気更来(きさらぎ)」「息更来(きさらぎ)」という説。

「如月」は「じょげつ」と読み、
始まりという意味の「序月(じょげつ)」
(2月3日が旧暦のお正月、始まりの意味です)
が転じたという説もあります。

「如月」の他にも2月の古い呼び方で、
「梅見月(むめみつき)」や
「木目月(このめつき)」などがあります。

信州では、
この時期が一年を通して一番寒い時期となりますが、
「木の芽」であったり、「梅の花」であったり、
暖かい春が近づいてくる…
待ち遠しいといったプラス思考の月にしたいですね♪

2月11日は、
一年の中でももっとも寒いお祭(汗
「建国祭」があります。

他の神社では「紀元祭」というところが多いでしょうか
当社では「建国祭」として祭典を行っていますが同じです。

今月は、サイパン・テニアン慰霊祭に行ってきます♪
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プロフィール

isuzuguuji

Author:isuzuguuji
長野県の南に位置する駒ヶ根市
上穂・北割1区2区・中割・南割
5区の氏神様「大宮五十鈴神社」

祭神は「天照大御神様」(伊勢)
「熱田大神様」(熱田)
「建御名方大神様」(諏訪)始め
13柱の神様が、明治に合祀。

9月23日・24日は当社例祭
中でも、宵祭(23日)に行う
「三国花火」が有名

ブログ執筆は宮司 白鳥俊明

~~~~~コメント~~~~~

「社務日誌」とありますが、神社
のことだけではなく、日々の
想いをブログに綴っています。

座右の銘
「人生は心ひとつの置きどころ」

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