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テニアンな話し♪

2016 - 11/05 [Sat] - 06:23

毎年行っています、テニアン島の慰霊祭のお話です♪

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「この大空と大海原に馳せる想い
       ~日本からこの地を訪れたすべての人々へ~

あなたの純真な心に純粋に美しく映える
この見渡す限りの大空と大海原が
ひととき悲しみに曇り涙に霞んだ真実を
忘れること無く後世に伝えて欲しいと願います・・・

大東亜戦争当時
日本を遠く離れこの島を含め南洋の多くの島々で戦没された
軍人兵士『英霊』や
運命を共にされた当時の在留邦人の多くは
国家防衛と国民平安の為に尽くされ
祖国の永続と民族の永遠とをひたすらに願い
尊い命を捧げられました

激戦の果てに行き場を失い日本民族の誇りに懸けて
この断崖から紺碧の海に我が子と共に身を投げることなど
我々には想像もし難い事実であります

平和な次代を残す為に
日本人としての生き方を示し遺された先人達に
感謝の心と敬慕の念を以ってお報いする為
慰霊の誠を捧げていただければと存じます

散華された『英霊』と戦没者の御霊は
祖国に帰り靖國神社にお祀りされております
そして幸せに元気よく今の世を生きている
『あなた』を見守っていて下さいます

帰国後は、この島のこの場所であなたが感じた
見渡す限りの大空と大海原の美しさを
靖國に鎮まる御霊にあなたらしく伝えていただければと願います」

20071003100028.jpg

これは、北マリアナ諸島テニアン島に
長野県神道青年会(県内40歳までの神職)が建てた
慰霊施設内の碑に刻んであります碑文です。

あれは平成13年
私が長野県神道青年会の事務局長を務めていた年
当時の会長が「テニアン島に慰霊碑を建てたい」
と言っているといった噂を耳にしました。

周りの反応は「NO!」
恥ずかしながら
当時の私も「テニアン島」という名前すら聞いたことが無く
もちろんそこでの史実も知らず
「なにも遠く離れた外国に慰霊施設を建てなくても」
という思いで、大方の意見と同じでした。

事務局長といえば
会長の命を受け事務を遂行する役目である
と理解はしていましたが
会員の生の声を伝えることも大切であると
会議に先立ち、個室で
率直に反対意見を述べさせていただきました。

20071004140400.jpg
(上空から見たサイパン島)

すると会長は、穏やかに口を開き…
自分は、消防団員時代に何度かテニアン島を訪れた…
そう言ってテニアン島また
我が長野県に縁のある松本50聯隊について話し始めました。

テニアン島とは…

テニアン島は
北マリアナ諸島サイパン島の8㎞南に位置する島
現在はアメリカ合衆国の自治領となっています。

テニアン島はその昔スペイン領からドイツ領となり
第一次世界大戦でのドイツ敗北により、日本領となりました。

日本の統治下となってから
初めてテニアン島が開発されることとなり
当初4人の日本人が移住し開発を初めてから
最高時の1944年6月当時は1万5千人以上(軍人を除く)が
砂糖の生産や鰹節製造業などを営みながら生活をしていました。

松本50聯隊(歩兵第50聯隊)は
明治38年(1905年)に編制され
同年明治天皇より「我が帝國を保護せよ」との勅語と共に
軍旗を親授されました。

大東亜の戦局に暗雲が漂い始めた昭和19年(1944年)
御前会議において
「日本帝國が、戦時目的を達する上に絶対確保を要する圏域」
として、硫黄島・トラック島と並び
マリアナ諸島(グアム・サイパン・テニアン)が
国家防衛の最重要地域として認識され
50聯隊を主力とする29師団にマリアナ守備の勅命が下りた時
師団長高品彪氏は「我、身を以って太平洋の防波堤たらん」
と奉答し、以後、50聯隊はこの言葉を誓詞と掲げ
島の死守を決意しました。

6月、米軍の攻撃が始まり、サイパン島が陥落すると
攻撃目標がグアム・テニアン島へと移り
装備の無い守備隊は総反撃も虚しく
島への上陸を許してしいます。

陸海あわせて約8千人のテニアン守備隊も
上陸から僅か2日で主力部隊は壊滅、2千人の戦力となり
神社を拠点とした司令部も
北のラソー神社から南の住吉神社に後退していきました。

8月1日午後6時55分
米軍のテニアン占領宣言が発表されると、同日深夜
50聯隊・第17代聯隊長緒方敬志氏の手により
編制より守られてきた軍旗が奉焼され
翌日の玉砕攻撃へ向けて準備が整えらました。

残された日本人は兵隊のみならず一般人までもが
捕虜になることを頑なに拒み
スーサイドクリフより身を投げ自決
紺碧の海がひととき血の色に染まったといいます。

子を持つ一般人は、泣きながら子供等の背を押し
後を追い身を投げたといいます。

そして1年後の8月6日、この島から広島に向かって
原爆を積んだエノラ・ゲイが飛び立つ事となったのです。

20071005085657.jpg
(スーサイドクリフ断崖を上から撮影)

会長「それは綺麗な島なんだよ。
海なんか、透き通るほどのコバルトブルー。
そこで、戦時中は悲しい悲しい出来事があったんだ。
岬から我が子の背を押して
その後を追い飛び込み自殺をするなんて
今の時代は考えられないだろ?」

「・・・」

会長「その島は、今でこそ
ダイビングスポットとして有名な観光地で
日本人観光客が多く遊びに行く観光名所になっているんだよ。
でも俺は、その岬に立ったら涙が止まらなかったんだ。」

「・・・」

会長「でもな、そんな悲しい出来事があったことなんて
知らない若者が多いんだ。
俺は一緒に行った消防団員には、手を併せるよう説明したよ。
でも、その岬にある慰霊施設はすべて仏教や他宗教のもので
神道の慰霊施設がないんだよ。
だから、我々長野県神道青年会で
そのスーサイドクリフに神道式の慰霊碑を建てたいと思うんだ。」

20071005085856.jpg
(慰霊施設建設予定地)

私は、この時ほど
自分の無知さを恥じたことはありませんでした。

何も知らずに
ただただ反対していた自分を恥ずかしく感じると共に
この時から
まだ見ぬテニアン島に想いを馳せる日々が始まりました。

テニアン島に関する書物を読みあさり
yahooオークションに「テニアン島」でアラートをかけ
写真集や情報誌を買い読みあさりました。

その後の会議では、会長が長時間に渡り
テニアンでの史実や
会長が慰霊碑建立を思い立ったに至る経過を説明し
まずは現地へ行き、現地調査をしっかりした上で
土地の確保など建立することが可能か否かを
調べなければならない…と言うことになり
旅行業者に間に入っていただき
北マリアナ連邦の議員さんや
テニアン市の役員さんとお会いするべく
現地に飛ぼうということとなりました。

それが平成13年の話しです。

松本50聯隊は、編成地は長野県の松本でしたが
実際は愛知や岐阜の隊員が多かったと聞いています。

現在、その編成地である松本の兵営跡地は
信州大学のキャンパスとなっています。

我々の暮らす長野県に縁のある
「松本50聯隊」が玉砕した地に想いを馳せ
平成14年3月、9名の会員が
テニアンへ視察調査に飛び立ちました。

2月といえば、まだまだ日本は真冬
零下の日本から30℃以上のサイパンへ
サイパン国際空港で我々を迎えてくれたのは
常夏の暑さと灼熱の日差しでありました。

我々の目的は
「大東亜戦争を中心とした英霊並びに戦歿者に対する
慰霊顕彰事業を当会の継続事業として位置付ける為
戦跡である北マリアナ諸島の現地に於いて
当時の史実を考察し慰霊と顕彰の実情を把握することによって
より有意義な事業活動の展開に資するため。」…ということで
出迎えのバスに乗り
サイパン初上陸(私は)の喜びに浸る間もなく
取るものも取らずといった形で
まずはサイパン島のバンザイクリフへと向かいました。

車中からは「ラストコマンドポスト」と呼ばれる
サイパン島での最後の日本軍司令部跡や
艦砲射撃により傷付けられた岩肌が見え
ここでの惨事を物語っていました。

20071006092953.jpg
(艦砲射撃のあとが残る岩肌)

サイパン島バンザイクリフで慰霊祭をするべく
一同は日本から持ち寄った荷を解き
祭壇を組み竹を立て斎場を設営しました。

まだ日本とサイパンの温度差に体が慣れていないにも関わらず
汗を拭うのも忘れたかのように一同は無言で準備しました。

焦げそうな陽射しと
押し寄せては岩壁にぶつかり砕ける波の音に包まれて
慰霊祭の御奉仕をしました。

バンザイクリフを目の前にして
祭詞奏上の間そこでの史実を脳裏に繰り返し
綺麗な海・空・景色とのギャップに涙が溢れ
その涙は汗と共に足元に落ち、大きな跡が出来ました。

祭典と後片付けを済ませ、サイパン戦跡を巡りホテルに帰り
慌ただしく一日を振り返る暇もなく
明日テニアン島へ向かう準備と打ち合わせを済ませました。

2日目、サイパン島チャーリードック港よりフェリーで
今旅の最大の目的地でありますテニアン島へ向かいました。

約1時間して、テニアン島に着き
まずはテニアン島の戦跡を巡り
最終目的地「スーサイドクリフ」へと向かいました。

テニアン島での慰霊祭斎行の場所であるこの岬
昨日のサイパン島バンザイクリフで感じた想い
波の音、海の色、同じ雰囲気を感じました。

会長の話にあったように
岬に建立されている多くの慰霊碑の中には
神道系のものはありませんでした。

一通りの視察を終えて慰霊祭の準備をし
皆モノも言わず慣れた手つきで準備を終え
テニアン島スーサイドクリフでの慰霊祭も終えました。

20071006093036.jpg
(視察調査時の、慰霊祭の様子)

2日間、2つの慰霊祭を終え
今回のもう1つの目的であります
「北マリアナ連邦やテニアン市の役員さん訪問」
果たして、現在はアメリカ領となっているテニアンで
私たちのようなもの達と会っていただけるのでしょうか…。

そんな不安を胸に、マリアナ政府観光局を訪ねました。

幸いにもマリアナ政府の議員さんとお話しをすることが出来
しかもテニアン市長さんともお会いすることが出来
直接我々の想いをお話しさせていただくことが出来
そして当初の目的に対し大きな成果を収めることが出来ました。

20071007063639.jpg
(テニアン島内…車窓から)

帰国後9名の会員は
仲間にサイパン島・テニアン島での想いを伝えました。

「様々な宗派で建った碑又個人で建った碑は数多くあれど
これだけ日本人の観光客の多い中に誰もが自由に参拝し
手をあわせる場所が無いことに寂しさを覚えた」

「年老いた父母や愛する妻子を故国に残し
御国の為尊い命を捧げられた英霊等の心に応えるためにも
慰霊碑建立の早期実現と慰霊の心が
未来永劫受け継がれていくことを切に希望する」

これらは、参加者が帰国後書いた感想文から抜粋したものですが
参加者は現地で慰霊祭を斎行し
現地の空気を肌で感じ当時に想いを馳せることで
現在の平和を改めて強く感じることが出来たことや
慰霊碑は幾つも建ち並んではいるけれども
実際この場で何があったのか説明するものが何も無いことなど
それぞれに慰霊碑建立の必要性を伝えることで
慰霊碑を建立する方向で議論を進めることになりました。

どんなものを建立するか決める傍ら
仲介の旅行業者を通して現地政府と土地確保の交渉を進め
視察時に慰霊施設建立に最適と下見をした場所を申請しました。

役員会では、慰霊碑ではなく
どうせなら神社(祠)を建てたらどうか?
など様々な意見が飛び交いました。(続く)

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